────僕の庭、土管で出来たトンネルには不思議な力があったんだ
晴れた日に僕と一緒にくぐり抜ければいつもと違う場所へと繋がる、繋がっている
そうだ、僕等の仲間が暮らす国
オーストラリアに繋がっていたんだよ────
庭に大きな木でできたとっても素敵なトンネルが置いてある
それは本当に大きな木で出来ていて、なんだかとってもいい匂い
そんな様子を傍で見ていた飼育係さんが僕に言う
「────ウォレス、とってもいいトンネルだろう?」
僕は頷き、ただ一言
まずはその一言しか言うことが出来ない
────そう、本当に最高のトンネルだ
僕等の庭の周りの木がそう、きっと同じこと
耳を澄ませば木の声が聞こえてきそうだったからだ
中へと入るのはその声を聞いてからでいい
仲良くなってから、それでいい
傍を歩くモモコさんに気を取られた瞬間だ
僕を呼ぶ小さな声が聞こえた気がした
「えっ、」
ふいに聞こえた小さな声、どこから聞こえてきたのかわからない
少し離れた場所のよう
どうやら大きなトンネルの声ではなさそうだった
僕を呼ぶ声、呼んだ声
それは木の声、森の声
────ふと頭をよぎるのは、ずっと探し続けてきた小さなスミレの花の声
眠気を誘うメトロノーム
上まで登れ────
そんなゆっくりとした春の始まりさ
空の青色、どこか柔らか優しいブルー
夏には大きな葉が育つ
それでも落ち着く場所なのさ
日向ぼっこもいいけれど、こうした場所も大好きなのさ
そっと顔出し、こんにちは
お客さんの笑顔が見えるよ
こんにちは────
眩しいからと目を閉じた
僕を呼ぶ声、さっき聞こえてきた声さ
覗いてみても気持ちよさそうにお昼寝している
大切な目印、風に揺れてあのピンクのボールのようみたい
見下ろし、見渡し探した僕の身体を触る紫外線
まだ暑くなくてもほらね
春は夏の準備をしてるってことなのさ
フキノトウの声でもない
もちろんお客さんの声でもない
僕を呼ぶ声、誰の声
誰の声
どこか優しい小さな声がどこかから
僕を呼ぶ声、向こうのほうさ
今度ははっきり聞こえてきたのさ
向こうのほうさ
また上まで登った僕は、多分きっと遠回り
くすっと微笑む誰かの口元が頭に浮かぶ
────何故だろう、会ったことはないはずなのにその顔は僕が知らない誰かウォンバット
────誰なんだい
僕を呼ぶのは誰なのかい?
優しく僕を呼んでくれよ
君がいる場所きっと今度はわかるはずさ
前に暮らした動物園のときから僕はずっと「ウォレス君」
いつも優しく呼ばれていたんだ
「ウォレス、ウォレス」
そう呼んでいたあの優しい声、前の飼育係さんは今どうしているんだろう
ふと思い出したよ
────聞こえた、はっきりと聞こえてきた
「ウォレス君、こっちだよ────ウォレス君」
やっぱりこっち、こっちの方さ────
今すぐ、今すぐ
待たせたね
今すぐ行くよ
この辺り────
この辺り
きっとこの、この辺り
フェンスの向こう、階段脇の柵の下
僕を呼ぶ声、僕を待っていたのはスミレ────やっぱりだ
ずっと会いたいと思ってた、小さなスミレの花だった
「ウォレス君、こんにちは」
小さなスミレの花は小さな声で僕に話すときおり春風が僕等の側を通り抜け、スミレの花は頷くように相づちを打つように、その春風にそっと揺れている
「ウォレス君、いつも私のことを探してくれていたみたい。ありがとう。 でもほら、私は今スミレ、今はこうしてスミレのお花。春にならないと姿を見せることが出来ないの。 でもね、私はスミレのお花になれたから、春からしばらくの間はこうして大好きな動物園を眺めていられる、きっと毎年のんびりとみんなと一緒に過ごせるの。 どう?とても幸せなことでしょう」
「モモコさんは君のことを知っているのかい?────冬の間もきっと、雪が積もっていてもきっと、君に会える日のことを僕よりずっと思っていたはずなんだ────」
春風も吹いていないのに小さなスミレの花はそっと揺れる僕の言葉もちゃんとわかるように、誰よりも優しい気持ちが表れるように
大きな木にも、小さな花にもちゃんと想いがある
そして、このスミレの花は特別さ────
「モモコちゃんにはさっき会った。向こうのお庭で咲くお花にも移ることができる、動物園中のスミレのお花に私はなれるから。 モモコちゃん、久しぶりだねって笑ってた。涙が葉っぱに一粒落ちてきたりして、ね」「そう、それなら良かったよ────」
そう答えた時にふと、僕の目にも涙が滲み溢れてくその涙越しに小さなスミレの花を見つめていた僕の目の前に、そっと微笑むウォンバットの姿が浮かんできたそれは目の前スミレの花と交互に、ときにぼんやり、ときにきらりと瞬くように何度も何度も、動物園の四季の景色とともに
────とても優しそうな女の子
────そうだ、この女の子がスミレ、スミレちゃん
小さなスミレの花に姿を変えたスミレさんだ本当に動物園を好きだった、大好きだったそしてみんな、スミレさんを好きだった────「スミレさん、ここへはいつ?いつからここで咲いてるの?」
僕は目の前、小さなスミレの花に問いかける「それは内緒、二人に内緒で少し前からここで眺めてたから」
そう言ってまたくすっと微笑むように、小さなスミレの花はそっと揺れもう一度ウォンバットのスミレさんの姿が僕の目の前にそっと浮かぶ
僕はずっと探していた花を見つけ、会いたかったウォンバットに会うことが出来た
僕がここで初めて迎えた春のちょっと不思議で夢じゃないこととても素敵な本当のこと────「ウォレス君、気が付かない? さっきからウォンバットの神様もほら、傍にいるよ。私をまたここに連れてきてくれたときからずっと、ずっと傍に────」
スミレの花は話すたびに笑顔のように静かに揺れる
「ウォンバットの神様かい?」「久しぶりだね、ウォレス君」
ウォンバットの神様は側の階段を登って来るように、スミレの花の向こう側からそっと姿を見せてくれたウォンバットの神様とはここに来る引っ越しが決まった頃、その頃に会ったきり世界中に僕達ウォンバットは暮らしているのんびりしているようで、本当はきっと結構忙しい「もうそろそろ、春がすぎれば一年か────」
いつもどおりの優しい声だ変わらない穏やかな笑顔
────そうだ一つ、一つだけのお願いだ────僕の庭、土管で出来たトンネルには不思議な力があったんだ
晴れた日に僕と一緒にくぐり抜ければいつもと違う場所へと繋がる、繋がっている
そうだ、僕等の仲間が暮らす国オーストラリアに繋がっていたんだよ────────もしもだよ
このトンネルにも同じような力があるならさ、オーストラリアまで繋げることができるなら
もしもそうなら、そうならさ────
「ウォンバットの神様、聞いてくれるかい? お願いが一つ、一つだけあるんだ」
僕は想いをウォンバットの神様に伝えるどうしても叶えたいこと朝、トンネルを見たときから心に残る記憶と一緒に願うこと
色褪せない思い出と、この先また描いていきたいと思うこと
そう言うとウォンバットの神様は大きな木のトンネルに向かって何かを話しかけ、そしてそっと両手で触れた
────僕の庭、土管で出来たトンネルには不思議な力があったんだ
晴れた日に僕と一緒にくぐり抜ければいつもと違う場所へと繋がる、繋がっている
そうだ、僕等の仲間が暮らす国
オーストラリアに繋がっていたんだよ────
────もしもだよ
このトンネルにも同じような力があるならさ、ウォンバットの神様がそんな力を与えてくれたなら
僕と一緒に出かけないかい?
オーストラリアのどこにでも、僕はみんなを連れていってあげられるんだ
モモコさん、僕と一緒に出かけないかい
飼育係さんも一緒にさ
僕とトンネルをくぐり抜けるだけでいい
オーストラリアまで出かけていってみないかい
春に出かけることが出来たなら最高だ
かわいい植木鉢に一度移して飼育係さんに抱えてもらえば大丈夫、動物園をそっと眺める小さなスミレの花、スミレさんも一緒だよ
そうだ、あのハートはモモコさんの首にぶら下げて貰えればもっといい
みんなで行こう、出かけよう
────トンネルくぐってオーストラリアに出かけよう
きっと楽しい旅になる
すぐにやらなければきっと忘れてしまうから
こうするんだ────
みんなの笑顔、みんなの声
そして、オーストラリアの風景を頭と心に強く描いてまっすぐ歩く
通り抜ける
たったそれだけ、それだけなのさ
大切なのは僕の気持ち、みんなの気持ち
優しくしたい────動物園に大切な温かいその気持ち
左、右
右、左
一歩一歩さ
一歩一歩
これで最後のおまじない
これでいい、きっとこれで大丈夫
きっと間違いないはずさ
大丈夫
大丈夫
小さなスミレの花に姿を変えたスミレさんも笑ってる
さっきまで聞こえてこなかった大きな木のトンネルの声、僕の傍でそっとささやく
────その瞬間のこと
この風、この陽射し
この香り、広がる高原、山と森
「ウォンバットの神様、ありがとう。トンネルはまた、オーストラリアまで繋がったよ」
────僕の庭、土管で出来たトンネルには不思議な力があったんだ
晴れた日に僕と一緒にくぐり抜ければいつもと違う場所へと繋がる、繋がっている
そうだ、僕等の仲間が暮らす国
オーストラリアに繋がっていたんだよ────
────もしもだよ
このトンネルにも同じような力があるならさ、オーストラリアまで繋げることができるなら
もしもそうなら、そうならさ────
僕と一緒に出かけないかい?
オーストラリアのどこにでも、僕はみんなを連れていってあげられるんだ
モモコさん、僕と一緒に出かけないかい
飼育係さんも一緒にさ
僕とトンネルをくぐり抜けるだけでいい
オーストラリアまで出かけていってみないかい
春に出かけることが出来たなら最高だ
かわいい植木鉢に一度移して飼育係さんに抱えてもらえば大丈夫、動物園をそっと眺める小さなスミレの花も一緒だよ
そうだ、あのハートはモモコさんの首にぶら下げて貰えればもっといい
みんなで行こう、出かけよう
────トンネルくぐってオーストラリアに出かけよう
きっと楽しい旅になる
旅の準備はそれだけなのさ
晴れた日に、青空広がるそんな日に
僕等、トンネルくぐって出発しよう
いつ出かけよう、いつにしよう
大きな木のトンネルをくぐり抜けて行く日はいつにしよう
今日の空は青色かい?
春が来た
今オーストラリアは秋なのさ
僕達ずっとわくわくしてる、ずっとわくわく止まらない
モモコさんの首にはピンクのハートをぶら下げて
スミレの花は一度かわいい植木鉢
帰ってきたらまたそっと、動物園に根を戻す
────もしもだよ
このトンネルにも同じような力があるならさ、ウォンバットの神様がそんな力を与えてくれているならさ
あなたも僕と一緒に出かけないかい?
優しい気持ちのあなたなら大丈夫
オーストラリアのどこにでも、僕はみんなを連れていってあげられるんだ
必ず帰ってくる旅さ
土産話、とっても楽しい時間になるよ
旅ってそんな、そんな素敵なものだから
僕と一緒に出かけないかい?
僕と一緒に出かけないかい?
僕と一緒に出かけてみないかい?
必ず帰ってくる旅さ
心配なんかいらないよ
みんなと一緒に大きな大陸まで出かけて行ってみないかい
────ほら、こんなに気持ちがいいものさ