前回→
☆☆☆☆☆からの続きになります
────ユキは今どんな夢を見てるんだい
それは楽しい夢なのかい
僕は今、ワラビー達の庭にいる
また新しい隣の世界、小さな旅と冒険の始まりなのさ
僕らマルと三人で、この動物園まで引越しした日のことを
箱から外に出た日のこと、庭を歩いた日のことを
その葉っぱが風に吹かれ舞い散って、周りが黄色く輝いたのを初めて見たあの日のことを
────「きれい」ってユキが目を輝かせたあの日のことを
どんな思い出にもユキの顔と背中が一緒に映っているんだよ
今だって本当は一緒にいたい、二人で大きな木の声を聞きに行きたかった
でもしかたない────
僕らはウォンバット
眠りたいときはずっとずっと眠っていたい
夢は途中で終わりにしたくはないものさ
僕を奥へ奥へと誘い出す
大きな木の声、聞こえるか
聞こえてくるか
僕を奥へ奥へと呼んでいる
「こんにちは」
「こんにちは」
────こんにちは
どこからか声が聞こえる
「こんにちは」
見上げてばかりいた大きな木
今は傍だね、傍で話をしているんだね
傍へ行くよ
もっともっと傍へ
傍へと行くよ
興味を持って歩いている僕だから
色々なことを聞かせてあげたい女の子がいる
────そんな僕にみんなの声を聞かせてはくれないかい
「こんにちは」
声が聞こえる
「こんにちは」
「大丈夫かい」
「ありがとう大丈夫。君は、君達は優しいね」
「大丈夫なら大丈夫、きっとユキも大丈夫」
「そう、なら大丈夫。僕達みんな大丈夫」
「────そうだねきっと大丈夫」
僕は大きな木の声をたくさん聞いた
忘れないよ、忘れることはできないよ
自分で聞いたことだから、ユキに伝える大切なことだから
色々なこと見てみて触ってみたりして
一つ一つ、一つ一つの経験を重ねて思い出しっかり心に留めて
想像、憶測それだけで怒りだすものじゃない、勝手に悲しむことじゃない
そう、誰かにちゃんと伝えるってこういうことさ────
ちゃんと僕らの傍にいる
僕らと一緒に時間を過ごしてる
どこかに行ってしまったってわけじゃない
時には雨が、時には雪が
嵐、台風、そしてまた穏やかな晴れ模様
動物園で暮らすのさ
動物園の歴史と一緒に大きくなって来たんだってことを
そう、木は、植物は、ちゃんとしっかり生きている
例えば陽の光がもっと地面に当たるように、他の植物をもっとたくさん、もっと大きく育てるように
また枝伸ばし、また大きくなっていく
そしていつか、いつかまた
時間は少しかかるだろうけど
ずっと高い所から、空に近い所から動物園を見守ってくれるんだ
それは形を変えてほら、傍で僕らを癒やし温もり楽しませ
毎日毎日少しずつ色も形も変わったりして
それは生きているっていうことさ
ずっと一緒に過ごしていくこと、育って変わって大きくなっていくことは、動物達と一緒なんだっていうことさ
そうだ────大人っていう話
ユキが泣いている、涙がずっと溢れ出しているんだって、大きな木に話したんだ
僕達だってもう子供じゃないのにずっとずっと泣いているって話、そのことさ
僕は心配だったから、ね
「それはきっと大人の涙、大人だから泣いているんだ────」
って、ね
それが大人になったことの一つだって大きな木は言った
子供の時にそういう涙をこぼしたら、その時一つ大人になったんだって言うんだよ
僕達何度、そういう泣き方したんだろう
今まで何度、そしてこれから何度
大人の涙、これから何度
僕達こぼしていくんだろう
いっぱい安心したよ、そしてね────
知ったのさ、好きになったのさ
ユキのことをまた一つ
ユキのことを、また────
気がついていたのさ、感じていたのさ
こうして声を、話を聞いてきたことはきっと偶然なんかじゃない
木が切られる────
少し悲しく寂しいことだけど、これは大切な経験、大切な思い出
そして僕達が大人になった、なっていたってこと
これからまた大きく伸びていく木と一緒に新しく未来へ向けて時間が進んでいくってこと
きっと、そのことの始まりなんだよ
大勢いるのさ、嬉しいことさ
それは姿を変えて傍にいてくれる木、伸びてまた育つ、そんな大きな木も一緒なんだ
「こんにちは」
大きな木の声、今もしてるよ
「こんにちは」
素敵な声だよ
聞こえるかい
いつだって僕達みんなの傍に大きな木
動物園に、色々な所に僕達の傍
大きな木の声、聞こえてくるよ
「こんにちは」
ユキ
大好きなユキ
話したいこと、話すことはどんどん増えるよ、増えていくよ
夢の中なら僕らは自由、どんなことでもできるはず
きっと優しくしてくれる
僕らをいつも見ていてくれる
そう、優しい人や大きな木、みんなと一緒、
一緒にね
ユキ
僕達、大きくなったんだ
そう、いつのまにかに、ね
僕がそれを話し、伝えると
ユキはそっと微笑み、何も言わずに頷いた
そして姿を変えて傍にいてくれる一つの木に向かい「いい香り」と、一言だけ呟いた
この前とは違う涙だ、僕にはわかる
────そして僕はユキのことをもっと知りたいんだ
僕達、大人なのに泣いている
僕達、大人だから泣いている
そんな春の日、寂しかった日
そんな春の日、また色々なことが始まった日
そんな春の日、そっと微笑んだ日
忘れない春
春風は急に僕等の傍を通り抜けていく