スミレは何処かに咲いてるスミレの花に姿を変えて、これからしばらく春をそっと眺めているのです
スミレの花の季節が終わりそっと萎れていまう頃、スミレも空へとそっと旅立ちウォンバットの星が一つ増えることになるのです
また来年の春が来てスミレのお花が顔出せば、それはスミレが戻ってきたということなのかもしれません
大好きな動物園の春を覗きに、そっと帰って来ているのかもしれません
長野のお山の動物園、静かに暮らしたスミレとモモコ
初めは賑やか、チャタロウ交えて大騒ぎ
みんなが知ってるスミレとモモコ
日本のウォンバットの誰よりも色鮮やかに四季を感じて、ゆっくりのんびり暮らす日々
可愛らしく儚く健気な女の子、気ままに暮らした何年間
会いに来る人、スミレとモモコに出会う人
自然に増えて笑顔が溢れたこれまで、それは何年
どれだけの日々のこと
今、スミレは何処かでそっと咲いてるスミレの花に
モモコと優しい飼育係さん、そしてみんなのところへやって来た季節を眺めてそっと微笑む
春、終わるまで
辺りで風に揺れている春のお花がそっと見えなくなっていくまで─────
〜〜〜〜〜〜〜 小さなスミレに姿を変えて 〜〜〜〜〜〜〜
─────今年も雪がたくさん降った
私、積もった雪は嫌いじゃない
モモコちゃんもそう、きっとそう
冬は私のところに、私とモモコちゃん、そして動物園の動物達のところに
春の準備を進めるように雪が積もって雪は溶けて綺麗なお水になって地面に染み込んで
春のお花がまたそっと、いろいろな場所でいろいろな顔見せてくれるように
変わらないいつもの冬
ただ一つ違うこと、それは私
─────たくさんの思い出が次々に浮かぶようになっていた
そこに映り浮かんだり
目を閉じそっと夢の中
そこに映り浮かんだり
たくさんの思い出、楽しく賑やか色褪せない
─────思い出の中、ときどき一人、一人知らないウォンバットの姿があった
優しい顔をしたそのウォンバットは想像通りの優しい声でそう言った
「ウォンバットの神様だ」
私は気が付き、声にはしないで目の前の澄んだ瞳を見つめて少し考える
「行きたいところ、それは無いです。ただもう少し、少しでも長くここでみんなを見ていたい─────ただそう願うんです」
それが私の答え
モモコちゃんや優しい飼育係さん、そして会いに来てくれるお客さん
みんなのことが好きだから
これから大好きな春がやって来るんだから
ウォンバットの神様はそう頷き微笑んで、そっとどこかへ消えていく
私の目には動物園
ずっと暮らした、この大好きな動物園
動物園の風景が夢のように、思い出のように色鮮やかに広がっている
きっと私は忘れない、全部全部きっと忘れない
それは飼育係さんにはすぐに伝わっていたようだ
心配してかけてくれるその言葉、この前聞いたウォンバットの神様の声のよう
なにより優しくて温かい
少しでも長く飼育係さんと一緒にいたいなと、美味しくないお薬を頑張って舐めた
もしかしたらこのままずっと大丈夫、まだまだずっと大丈夫かなって思える
そんなお薬、そんな愛情
私はもらう、もらい続ける
身体はまだまだつらいけど大丈夫、きっときっとまだまだまだまだ大丈夫
「大丈夫、大丈夫─────」
私はつぶやく
ただそのたびにぽろりと一粒、涙が溢れる
大丈夫
みんなみんなこんなにこんなに温かい
─────私、きっと大丈夫
あの時だって不安だったもの、最初は本当に不安だったもの
きっと今の不安もなくなるよ
ウォンバットの神様はちょっと何かを勘違い、きっとそう
─────そうだったら、いいのに、な
だってこれから春だから、大好きな春だから
─────お花の季節、スミレの季節、そんな大好きな春だから
冬、あの雪の景色をもう一度
逆戻りで雪のない冬
冬の始まり、逆戻り
柿を齧った
それは冬を告げていて
そしてそっと秋になる
まだ逆戻り
そうあれは秋のこと、紅葉した葉が綺麗なあの秋のこと
私の秋は色鮮やかに葉っぱが彩り、大きなかぼちゃに秋の食べ物
今日の地面はどんなふう、今日の雲はどんなふうって毎日楽しみ
モミジはね、本当に真っ赤で光るよう
辺りをそっと赤く染め、私の傍で色鮮やかに
上を歩けばさくさくかさかさ
ウォンバットの秋の庭はどんなふう
これも秋
かぼちゃ、何度も何度も齧ったよ
逆戻りの暑い夏
齧って見たのはとうもろこし
飼育係さんが剥いてくれてやっと少し食べられた
そんな思い出、優しい思い出
それが夏
動物園のいつもの夏
なるべく長くお部屋で昼間を過ごして、モモコちゃんと夜を待った
おやつの桃も夜になるまでとっておくよ
星空眺めて齧るから
動物園は星空近く、きらめく星はすぐ近く
残しておいた桃だって、やっぱり夜に食べたらほら、これだけ美味しい
夜風吹き、私をそっと癒やすよう
暑いのやっぱり厳しくて、そんな私を癒やすよう
季節はもっと、もっともっと逆戻り
雪どけ残る落ち葉顔出して、風がお鼻をくすぐる春になる
春の日差しはけっこう強くて紫外線、草花そっと起こすよう
春風それから守るよう、私達を包むよう
朝が来て飼育係さんがドアを開け、外に出たら春の匂い
あの風乗って私のところへ
フキノトウが顔をだす
地面の下からそっと、雪解け水をたくさん飲んでそっとそっと顔を出す
「やっぱりいいな、春はいいな──────」
─────そうつぶやいたときに聞こえてきたの
ついこの前に聞いたばかり
優しくって温かい、ウォンバットの神様の小さな声
『寂しいけれど、悲しいけれど時間がきたよ─────冬を越えて今こうしてもう一度、最後の春が来たんだよ』
それとは違う春が来たんだ、みんなと一緒に迎えて感じる幸せないつもの春がやって来たんだ
見渡せばほら、フキノトウが今年もちゃんと顔を出し始めた
「もっと、もっと春を眺めていたいの。この前お願いしたとおり、少しでも長くここでみんなを見ていたい」
わかっていたけど寂しくて、言葉伝えながら、私は涙をたくさん溢れさせ
ウォンバットの神様を困らせてしまわないよう、出来る限りの笑顔を作る
『約束だよ、わかってる─────君は一度、お花になるんだ。君はスミレ、かわいいスミレのお花になって動物園を眺めて風に揺れてこの春を過ごすんだ』
─────今年も私の春が来た、いつもと同じ、どんどんどんどん草が伸びてお花が咲いて、ときおり雨が優しく降り出す
そんな春がきたんだ
桜の花はきっとこれから、きっと見ることできるんだ
風に吹かれてそっと揺れて、私は静かに眺めてる
モモコちゃんを優しい飼育係さんを、ウォンバットに会いに来るお客さんを
私は何処かでのんびりふわふわ、ゆっくりゆっくり心地よく
私はみんなを、大好きな動物園を静かに何処かでそっと眺めてる
誰か私に気付くかな
またあの笑顔を見せてくれるかな
季節を巡る私はスミレ
何処かで咲いてる小さなスミレのお花に姿を変えたウォンバット
ありがとう
会いに来てくれてありがとう
笑顔をいつも、今は涙を
見せてくれて伝えてくれて
ありがとう
毎日楽しかったよ、幸せだったよ
時々怒鳴ってしまってごめんなさい
大好きな飼育係さん
美味しいものありがとう
優しさ愛情、優しい言葉に優しい笑顔をたくさんたくさん
ありがとう
本当にありがとう
心の言葉
ありがとう
スミレは何処かに咲いてる小さなスミレの花に姿を変えて、これからしばらく春をそっと眺めているのです
スミレの花の季節が終わりそっと萎れていまう頃、スミレも空へとそっと旅立ちウォンバットの星が一つ増えることになるのです
また来年の春が来て小さなスミレのお花が顔出せば、それはスミレが戻ってきたということなのかもしれません
「モモコちゃん、モモコちゃん、私はここだよ見えるかな。声、聞こえているかな」
「ごめんね、モモコちゃん。これから一人にさせてしまう」
「今までずっと一緒だったね、楽しかったね。私、そんなモモコちゃんの傍にいるよ、ずっといるよ、スミレのお花を探してね、見つけてね」
「モモコちゃん、今一つだけ伝えたいことあるから言うね」
「ありがとう、大好きなモモコちゃん─────」