イチョウ舞い散る黄色い地面、僕はそっと切り取って、君をふわっと包む毛布にしよう
あの空、上手に切り取って、君を映し僕等を映す水色の窓にしよう
あの雲、幾重に重ねてさ、君が大空羽ばたき翔る羽にしよう
~~~~ ①ワイン ~~~~
────朝と夜、太陽が見えない間はずいぶんと寒くなった
秋が終わって冬が来たんだ
冬に向かって空の様子はどんどん変る
晴れた空はより青く、夜空の星はどんどん数が増えていく
そう、一日一日と空気は澄みきっていくんだ
「あの星座はなんて言ったかな────」
みんなが寝静まった頃、なぜか眠れない僕は一人夜空を見上げ、なんとなく呟いた
月明かりに明るく照らされた動物園と僕、そして少しづつ動き夜空を漂う雲
冷えた空気の中で輪郭光り、すべての形がはっきりと浮かび上がっている
ワンダーさんは部屋で眠っている
寝息と一緒にときおり動く手と足は昔から変わらず小さい
ずっと見てきた、触れてきたかわいい手とかわいい足だ
「ワンダーさん、大丈夫かい────」
なにか楽しい夢を見てそうにそっと微笑むワンダーさんの寝顔を近くで眺め、そっと呟いてみる
僕は気になっていた
足元から影が伸び始めだしたあの夕暮れ時
なんだか少し身体が重い、ご飯があまり美味しくないと、ワンダーさんから聞いたからだ
色々なこと、昔のとある日々のことを思い出す
気がつけば見上げた月の色と模様がいつもと少し違って見える
「どんなことでも“いつもどおり”がいいんだけどね」
穏やかだった夜風がふいに強く吹き、イチョウの枝と僕の身体を少し震わせる
「寒いね」
無意識なうちに出たのは冬の言葉だ
急に寒くなったからワンダーさんも少し調子を崩したんだろう、慣れればきっと大丈夫────と、不安を無理に隠すように僕は自分勝手を納得させる
────そう、誰だって嫌なこと、嫌な気持ちからは離れていたい
ごまかしてばかり
良くないことだと知っておきながら、こんなときに駄目な僕は自分の気持ちから距離を置こうとしてしまう
「知っていることあったらさ、僕に教えてくれないか────」
僕は気配を感じた方へ向かってささやいた
「近くにいるんだろ、僕に教えてくれないか────不安で不安でどうにかなりそうなんだ」
「ワンダーさんを眺めていたんだ。ワイン君、気がついていたのかい?────久しぶりだね」
静かな優しい声と一緒に部屋の中へ影が伸び、すっと入ってくる
感じた気配どおり、ウォンバットの神様は部屋の外
変に明るい月明かり、星明かりにそっと照らされていた
─────ワインさんの庭との間、私はフェンスの横を走り回ることが好きだった
お天気の良い日、気分がいい日に外へ出ればワインさんは必ず近くへ来てくれた
すれ違いざま何度も何度も目が合って、私達は他愛もない短い話を何度もかわし、小さな幸せの中、ゆっくりと日が暮れる
そんないつもどおりの日々の中、私はフェンスの横を走り回ることが好きだった
─────ワインさんの庭との間、私はフェンスの横を走り回ることが好きだった
すぐに疲れてぺたりと座りたくなってしまう
ご飯もあまり美味しいとは感じない
見る夢も短くて、その景色は不思議と色が薄く見えた
そう、私が私でないように
色々考えてみたとしても、頭の中に浮かんでくるのは不安なことばかり
なんだか寂しいことばかり
ワインさんはぐっすりと眠っているような、とある日、晴れた夜のこと
夜風はそっと優しくて、月も星もふんわり明るく私を照らす
下手くそだったり、少し無理があったり
一つ作って、二つ作って何度も笑う
「こうして、こうして、あっちとこっち─────できた、これがワインさん座」
夜空に浮かぶワインさんワインさんはその夜空でも優しく笑っていた 穏やかだった夜風がふいに強く吹き、イチョウの枝と私の身体を少し震わせる
「寒い」
夜露が降った庭の中、空気は冷えて温かい手を恋しくさせる
いつも触る、いつも握る優しくて温かい
そんなワインさんの大きな手
身体がうまく動かない、今の私はいつもどおりの優しさに触れることもままならない
「これから私、どうなっちゃうんだろう────」
声に出るのはそんな弱音
そう今、私の身体は弱っている
ぽろりと一粒、涙が落ちた
─────ワインさんの庭との間、ゆっくりでもいいからフェンスの横を走り回ること
私は後どのくらい出来るんだろう────
今すぐワインさんを小突いて起こして優しい声を聞いていたい
今すぐワインさんの目を見つめながらその手にそっと触りたい
─────知っている
私は凄く幸せなウォンバットなんだ
涙を私はもう一つ、続けてこぼれてもう一つ
ほっぺをつたって落ちるその瞬間、流れ星も一つ二つと輝き、消えた
私を呼んだ懐かしい声
振り返るとそこには二人のウォンバット
サツキとサクラ─────私とワインさんの大切な子供達
私は二人をぎゅっと抱きしめる
なんだか上手く動かなかった身体にその時ぐっと力が入った
「お父さん、眠っているけど起こそうか。今まであんまり何も言ってなかったようだけど、きっとあなた達には会いたいと思っていたはずだから」
そう言った私にサツキとサクラ、二人は涙をこぼして横に首を振る
「駄目、お父さんにはまだ言えないこと、これからお母さんには伝えなければいけないから」
サツキとサクラはそう言ってもう一度涙をこぼす
最初よりもたくさんの涙、月明かりと星明かりできらきら光る
私にはわかる
二人が何を言おうとしているのか、それがわかる
「大丈夫、あなた達の顔を見た時に全部わかったよ」
そう話すと私達三人は静かに抱き合い、そして静かに涙をこぼし続けた
二人が言うとおり、ワインさんにはまだ伝えることができない
悲しい気持ち、寂しい気持ち
ただそれだけの日、ただそれだけの残り時間になってしまいそうだから
ただ遠く高い所でサツキとサクラは待っている心配そうに見つめてくるワインさんに身体のことだけ少し話し、いつもどおりの日々が少しでも長く続くように力を振り絞って私は笑った
そして夜にもまた長く眠っていた
不思議と怖い夢を一つも見ない
夢の世界の良い所
夢の中なら毎日毎日少しだるい私の身体もちょっと自由
ささいだけれど大切な、そういうこと
夢でワインさんとサツキとサクラが遊んでいる
まるでそれは家族写真のように幸せ映して私の頭の中へ
お客さんのように私達は写真なんて撮らないけれど、そんなふうにとても幸せ
心の中へとしっかり残る
みんな笑ってる
ワインさんもサツキとサクラも
みんな、みんな夢の中で笑ってる
私には今、なんの不安も無い
夢の中に誰なのか知らない声がそっと聞こえてきた
誰の声かは知らないけれど、優しそうで温かそうで
─────とても素敵な声がそっと聞こえた
夢の中に現実のことが少し滲んでいるみたい─────
滲み出した元の方を見るように、私は夢から一度醒め、声のする方そっと見る
「────ワインさん、誰かいるの?」
ワインさんの横には大きなウォンバットが立っている
─────きっとウォンバットの神様だ
「本当なら目的地まで行く途中のことも楽しめるのが旅なんだ。でもいつか説明したいけど今回は時間が無い。二人でそっと目を閉じて、二人で一緒の夢を見なさい。二人一緒に目を覚ました時、そこは旅の目的地─────君達はタスマニアにいるはずさ」
────そうだ、僕とワンダーさんは今タスマニアにいる
あの時、ウォンバットの神様は僕と後から目を覚ましたワンダーさんに言った
「遅くなってしまったけど旅に出かけよう。いつかワイン君が言っていたはずさ。フクの所にお嫁さんが来たら、その時出かけようって言っていた旅だ」
僕等の遠い記憶の片隅、タスマニア
色々見て回ってフクや動物園のみんなに土産話をすればきっと楽しいよって、ね
その時の話、タスマニア旅行へ今僕等は出かけてきている
帰ったらちゃんとみんなに旅の話をしてあげよう
でも、そうだ─────フクはもうマルに色々聞いているのかもしれないね
まあいいさ、大丈夫
僕等はマルもコウとユキも知らないタスマニアを見て回ればいいだけのこと
きっとそういうことだ
少し歩いた所で気がついた
身体が重いと言っていたワンダーさんは今は平気だと笑顔で走り回って見せてみる
僕等はやっぱり夢を見ているのだろうと考えたけど、大丈夫
夢じゃないようだ
楽しいことを夢に見るのもいいけれど、やっぱりちゃんと起きている時にしっかりと自分の目で見て回ること
きっとそれがいちばん大切なのさ
なぜなんだろう、夢というのはいつか忘れてしまうもの
なぜなんだろう、実際に見たこと感じたことっていうのはいつまでも忘れたりはしないもの
できるというなら後回しなんてしては駄目
少し無理してでも頑張るべきなんだ──────
綺麗な街、たくさんの公園、たくさんの大きな公園
たくさんの山、滝、洞窟に湖と川
ワンダーさんが歩きたがっていた深い森
ここタスマニアには本当に多くの自然がある
流れる空気、吹き抜ける風、冷たいお水に澄んだ空
そして何よりクレイドルマウンテンだ
その景色に僕とワンダーさんは言葉を失う
そうだ、表現なんてできっこない
ここの景色をどうすれば伝えることが出来るのだろうか
ここで感じたこの気持ち、僕等はどうすれば伝えることが出来るのだろうか
─────答えは出ない、出るわけない
来るしかないんだ、見るしかない、感じるしかないことなんだ
高原は色とりどり、見たことのないお花がたくさん咲いている
「ワイルドフラワーって言うんだよね」
見渡すかぎりのお花に囲まれたワンダーさんは幸せそうに笑って喜ぶ
「このお花、中でも一番かわいいね」
ワンダーさんがとびきりの笑顔を見せた
この笑顔、僕は今まで何回か、何回も見ているはずさ
凄く凄く懐かしい、そんな気持ちが心の中をそっと少しずつ熱くする
「このままここで星が見たい」
ワンダーさんはそう言って、暗くなり始めた空をいつもの何倍にも輝く瞳で見上げていた
夕暮れ綺麗なタスマニアの空に一番星が光りだす
明るく輝いていた太陽は山あいにゆっくり沈む
きっと最高の夜が僕等の所にこれから静かにやって来る
この夜、僕等と一緒にいるのは星明りと百万本のワイルドフラワー
そういうことさ
南半球、タスマニア
僕等は今、遠く離れた場所にいる
本当は懐かしいはずなのに僕は何も覚えちゃいない
僕等は日本のウォンバット、素敵な動物園で優しい人達と一緒にずっと過ごしてきた日本のウォンバット
そういうこと
きっとそういうこと
「ワインさん、素敵な旅だね」
僕のすぐ傍、隣で肩寄せ、ワンダーさんはそっと小さく声に出す
「本当だね」と、僕はただ一言
きっとそれだけ言えばいいはずだ
「日本へ一緒に行った、ずっと一緒に暮らしてきた男の子がワインさんで良かった─────ありがとう」
ふいにそんなことを言い出すから僕は戸惑いあわてて夜空を指差し、少し早口
「ワンダーさん、ほらあれが南十字星─────」
お返事は聞こえない
ワンダーさんは眠っていた
たくさん歩き回ってたくさん喋ってたくさん笑って、きっと疲れてしまったんだろう
月明かりが幸せそうに微笑みながらそっと横になったワンダーさんを優しく照らす
「ワンダーさん、そろそろ動物園に帰ろう─────」
僕はワンダーさんの隣で横になり、そっと目を閉じた
二人でそっと目を閉じて、二人で一緒の夢を見る。二人一緒に目を覚ました時、そこはきっと動物園
僕等の大好きな五月山動物園──────そういうこと、きっとそういうこと──────僕はどれくらい眠ってしまったんだろう
目を覚ますとどうやら辺りは薄暗い
これから夜になるのか、それともこれから夜が明けるのか
「─────お父さん」
どこか懐かしい言葉を聞いた僕は、その声がした庭の方を部屋の中からそっと見た
二人の女の子─────僕の目から涙が溢れる
「サツキ、サクラ、どうしたんだい?」
僕は二人のところへ駆け寄った
僕はすっかり歳をとってしまったけれど、サツキもサクラはあの頃と何も変わらない
サツキ、サクラ─────僕とワンダーさんのかわいい子供達
「ワインさん」
気がつくとワンダーさんは僕達のすぐ後ろで泣いていた
僕等の庭とお部屋の間の金網が今は綺麗さっぱり何も無い
「しばらく内緒にしておいたことがあります。ワインさん、私はサツキとサクラと一緒に出かけなければいけなくなりました」
─────サツキとサクラの姿を見た時に、嬉しさと一緒に感じたこと
それはやっぱり間違いじゃなかったんだ
明日の深夜か明日の朝
そのくらいで最後の旅に出ると言う
わかっていたほうがいいのか、わからないままお別れしてしまうのがいいことなのか
今の僕にはわからない、考えることもできやしない
ただ後から後から溢れる涙をこらえ、ときおり拭うだけで精一杯だった
イチョウ舞い散る黄色い地面、僕はそっと切り取って、君をふわっと包む毛布にしよう
あの空、上手に切り取って、君を映し僕等を映す水色の窓にしよう
あの雲、幾重に重ねてさ、君が大空羽ばたき翔る羽にしよう
夜から朝まで寒くて寒くてしょうがない
だから、イチョウ舞い散る黄色い地面、僕はそっと切り取って、君をふわっと包む毛布にしよう
僕等を映すカメラが新しくなったのさ
だからいつでも君が動物園を眺めることができるように、あの空、上手に切り取って、君を映し僕等を映す水色の窓にしよう
空の向こうずっと遠く、遠くに行くっていうのは大変なことさ
途中で疲れてしまわないよう、あの雲、幾重に重ねてさ、君が大空羽ばたき翔る羽にしよう
ははっ、なんてことだ
どれも全部僕が必要な物じゃないか
どれも全部僕が欲しい物じゃないか
寒い日、夜空に君の星を眺めるために
空の上のカメラで君を眺めるために
君の所にいつでも飛んでいけるように
僕が必要だって思う物ばかり─────こんなわがまま言うような僕なのさ
きっと何一つ叶えることなんかできないよ、ワンダーさんにあげることなんかできないよ
僕はいつまでたっても君に甘えてばかり
歳をとっても時間が過ぎても、僕は君に甘えてばかり
僕にはワンダーさんが必要なんだ
僕にはあの優しい笑顔が必要なんだ
僕は弱虫、僕はこんなに弱虫
ただの弱虫
「ワンダーさん、こんな僕とずっと一緒で、それで本当に良かったのかい─────」
背中に乗った小さなサクラ、隣で笑うかわいいサツキ
新しくなったガラス窓に僕等全員、一度に映る
僕らはお客さんのように写真を撮ったり出来ないけれど、この風景はそう「家族写真」
色鮮やかに小さな幸せそっと写したような、そっと見つめる僕の心に優しい優しい家族写真
この前の旅でその理由がわかったって、ワンダーさんはそっと話してくれたんだ
「ワインさんと私の物語は終わらない、まだまだずっと続くから────」
涙が光る優しい笑顔でワンダーさんは言ったんだ
生きてる間じゃ時間はぜんぜん足らないってワンダーさんは涙をこぼして笑うんだ
僕と出会ったから、僕と過ごしてきたから、だから足らない、まだまだ二人の物語は続いてく
物語は同じ場面ばかりじゃない、寂しいこと悲しいこと、嬉しいこと楽しいこと
今までだって色々あったって、熱をこめて話し続ける
─────そうだ、今この瞬間も僕達二人の物語
まだまだ続く、ずっと続く僕達二人の物語
一度離れ離れになったって、いつかまた
僕達二人はいつかまた、一緒に歩ける時が来る─────
お別れは本当に寂しいね
今までずっと一緒だったのに、これから先は一度お別れ
飼育係りさんよりずっと長く、誰より長くワンダーさんと一緒いたはずの僕だけど、これから先はみんなと一緒、ワンダーさんと一度お別れさ
これからできることはただ一つ、今までどおりワンダーさんを想うこと
ただそれだけさ
心残りはただ一つ
これから高く遠くまで行かなきゃいけないっていうのにさ、隣でワンダーさんの手を引いてあげることはできないんだ─────サツキとサクラに任せるより他はない
朝といえば朝だけど、まだまだ空には星が光る
「忘れないで」と、ウォンバットの神様は落ち着いた声で静かに話す
サツキとサクラがワンダーさんを連れて行くのはあの星光る向こう側だと、ウォンバットの神様は僕に話す
ティアもアヤハもすぐ傍にいるという
──────あの幾つかの優しい光、それはウォンバット達の星なんだ
イチョウ舞い散る黄色い地面、僕はそっと切り取って、君をふわっと包む毛布にしよう
あの空、上手に切り取って、君を映し僕等を映す水色の窓にしよう
あの雲、幾重に重ねてさ、君が大空羽ばたき翔る羽にしよう
僕はもう一度そうやって呟いた
心の中で言葉をそっと温めて、一言一言気持ちをこめて呟いた
ウォンバットの神様が涙を流して僕に言う
「見てごらん、その願い事は一つだけ、一つだけはちゃんと届いたようだ」と、空を見上げて僕に言う
「あっ」
少しだけ明るくなり始めた東の空に漂う雲が集まりだして、ワンダーさんの傍で幾重に重なり羽になる
ワンダーさんをそっと空へと連れて行く、大きな大きな羽になる
「ワインさん、ありがとう」
ワンダーさんの目からは涙がこぼれ、傍にいた僕の手の上にそっと落ちた
その涙は冷たい空気の中でひときわ温かく、悲しみ冷えた僕の心を温める
「ワンダーさん、ありがとう」
続けた言葉は二人同時に重なった
「いつかまた、二人でさ─────」
大きな羽が羽ばたくたびに黄色く染まったイチョウの葉っぱが何枚も何枚も舞い落ちる
ワンダーさんが夜空を黄色く輝かせ、動物園を真っ黄色に染めていく
「ワンダーさんをよろしくね」
涙で霞む三人の姿から目を離さないように、僕はまばたきをしないで見つめ続ける
見つめ続け、空の彼方に消えるまで、少しでも長くみんなの背中を見続けなければいけない
僕が最後にできることはただそれだけだ
ワンダーさんが空の向こうへ消える頃、動物園はイチョウの葉っぱでいっぱいになった
今までのどの秋の終わりよりも黄色く染まって輝いている
「凄いや」
僕は辺りを見渡し、涙をていねいに拭ってから教えてもらった星がある方角をもう一度眺めた
星の数がさっきよりも三つ増えている
ワンダーさん、空の上から動物園の場所がわかるかい?
君が黄色く染めた場所だよ、そこから僕が見えるかい?
その日の朝、飼育係さん達がワンダーさんのいない部屋に驚いて、あたり一面のイチョウの葉っぱと一緒にどういうことなのかを気がついて泣き出した
大人なのに泣くということはウォンバットも人も一緒、同じこと
「ありがとう」
ワンダーさんのために涙をこぼしてくれる人達に僕はお礼をしていくことにした
今はもう僕の庭の隣にワンダーさんはいない
今頃きっと太陽に照らされ黄色く光る動物園を空の向こうから眺めてる
サツキとサクラ、ティアとアヤハときっと一緒だ
庭へ出た僕をマルが少し不思議そうに目で追った
─────そうだ、一つ困ったことがあったんだ
僕はくるくるくるくる左回り
いつのまにかにね
いつものように君が優しく呼んでくれないと、僕はどこへ向えばいいのかわからない
だから今日も僕はくるくるくるくる
僕はくるくるくるくる左回り
ああ、まただ─────
僕はくるくるくるくる左回り
いつのまにかにね
僕がまっすぐ歩くには、ワンダーさん、君が必要だったのさ
今僕はどこへ行けばいいのかわからない
星が出てない昼間はさ、僕は何を見つめたらいいのかわからない
いつかまた会えると知っていても、今この瞬間が僕のことを寂しく悲しくさせてしまう
僕は少し疲れて一休み
泣き疲れて僕は一休み
のんびりいこう、僕はもう大人なんだから─────
喜びと悲しみを僕等は感じて大人になった
二人笑顔の喜びは突然やって来る悲しみに打ち消され、その悲しみを超える喜び見つけて、重ねて繋げてさ
僕はこれ以上大人にはなるのかな
喜ぶことはきっとまだまだたくさんあるけれど、ワンダーさんが隣にいない悲しみ以上の悲しみがこの世にあるはず無いのだから
それに僕はもうお爺さんだ
生きてる間だけじゃわからないこと多すぎる
きっとみんな、全部のことをしらないままいつかそっと旅立っていくんだろう
大丈夫、僕達の物語、みんなの物語はずっとずっと続いていく
─────そうだろ、ワンダーさん
まだまだこれから
まだこれからだ
冬だって始まったばかり
きっとそういうことなんだ
色々なことに悲しんでばかりじゃ駄目なんだ
忘れないこと、想うこと
その気持ちがあれば大丈夫
きっと大丈夫
大切な誰かにきっと
わかってもらえるさ
いつかきっと自分にも
わかる日が来るのさ
イチョウ舞い散る黄色い地面、僕はそっと切り取って、僕達ふわっと包む毛布にしよう
あの空、上手に切り取って、僕等みんなをそっとを映す水色の窓にしよう
あの雲、幾重に重ねてさ、僕達が大空羽ばたき翔る羽にしよう
「いつかまた、二人─────手を取り合って旅に出よう」
昼の間、僕は見つめる物を一つ見つけた
タスマニアの旅の時、ワンダーさんが一番かわいいって言っていたワイルドフラワーがそっと一輪咲いていたんだ
庭の片隅、ワンダーさんが日向ぼっこをしていた場所に、ね