前回(→
☆☆☆☆☆)からの続きです
ヒロキさんの声はワライカワセミの小さな子に乗せて私の元へ────
────夜中まで動物園が終わらない日
その日が来るまで何度か眠り夢を見て、また何度か目を覚ます
その時それが何回目の夢なのかなんて数えたりはしなかった
ただのんびりと、いつもどおりの時間を過ごせば、楽しみにしている瞬間はきっと普通にやって来る
あの時ヒロキさんから聞いた言葉
“優しい人からのプレゼント”
その言葉を時々呟き、私はのんびりいつものようにお部屋で一人過ごしてた
時々ぼんやり眺める窓の外、セミの声は減った気がするし、雲は軽く空が高い
きっと夏のユーカリから秋のユーカリへ───
種類は一緒かもしれないけれど、でもどこか少し違う
昨日と今日、そしてきっと今日と明日も同じ日が無いように、色々なことが少しづつ変わっていく
たった一日、それだけで色々なことが変わっていく
去年と今年、そして今年と来年ならもっともっと違うだろう
「みんなどうしているのかな───」
いつもそう───考えていること、それはすぐに言葉になった
傍にお母さんが、お姉ちゃんが、そしてワカちゃんやハヤトがいてくれた日々
それをついさっきのことのように思い出す
すぐに浮かぶその風景
私が思い出をしまっている場所は奥底の方じゃない
凄く手前に置いてある
「みんなどうしているのかな───」
また同じことを呟いた
数えていないだけで、きっと何度も何度も呟いているはずだ
でも今、部屋に私は一人
───独り言は誰かに聞かれるわけじゃない
何度も何度もその時思う言葉を呟いて、思い出したり想像したり───
いつものようにお部屋に一人、暗くなってもお客さんが帰らない日を私はただ待っていた
夏は長いようでいて振り返れば結構短い
一日一日、本当に短い
“暗くなってもお客さんが帰らない日”
そう───その日はすぐに訪れた
「あっ───」
コアラの家、廊下で動くたくさんの人影
寝起き、すぐに気がついた私は振り返り、窓の向こう“オセアニア区”をゆっくり眺める
大きなユーカリの木の陰に隠れ始めた太陽はスピードを徐々に上げ、山の向こうへと足早に沈んでいく───暗くなってもお客さんが私を見てる「今日だ───」楽しみにしていた気持ちは大きく急に膨らんで、私の胸や頭をいっぱいにする「もう一度、早くもう一度眠らなきゃ───」私は急いでぎゅっと目を閉じたユーカリの葉っぱに埋もれこっくりこっくり、コアラはそっと夢を見る私はコアラ、眠るのなんて簡単なはずだった
「駄目だ────眠れないよヒロキさん」今の私は目を閉じているだけのコアラだ────お昼に眠りすぎていたせいなのか────
ずっとわくわくしてきた、夢を見るための準備は必ず出来ているそれなのに眠くならない時があることを私は初めて知った「眠らなきゃ眠らなきゃ───」そう思えば思うほど気持ちは焦り、胸がドキドキしてくることがわかるヒロキさんは空が暗くなり始めたらまた眠りなさいと言っていた目が覚めたままでいると“優しい人からのプレゼント”は貰えないのかもしれないドンドン、ドーン遥か遠くで花火の音が聞こえだし、そして時間が過ぎてまた静かお客さんもいなくなりいつもの夜へと戻ってしまう───暗くなったらまた眠る私はこの日、その大切なことが出来なかった
チャンスは明日、もう一度明日一日、最後のチャンス神様お願い眠らせて───そっと始まる夢の中、いつものように私を夢の中へとそっと滑り込まさせて────いつもより短く感じた夜は明け、動物園はまた始まった「おはよう」飼育係さんの声がする私の頭の中は今夜のことでいっぱいだ考えながら過ごす時間は変に長いいつもよりも遅く進み、暗くなリはじめを気にするあまり何度も何度も空を見上げてしまう「ずっと眠っていたら駄目なのか────」ふと思ってみたりもしたけれど、きっとそれじゃ駄目なんだ明るい間に見る夢は、夜から始まる夢とは違うそういうこと、きっとそんなこと────「そろそろだ」昨日と同じように大きなユーカリの木の陰に隠れ始めた太陽がだんだんと山の向こうへと沈んでいくどんなに遅く進む時間でも、こうしていつかは時間が過ぎて朝から昼、昼から夕方短い夕方さっと過ぎて、また必ず夜が来る────眠るんだ、暗くなったら眠るんだ
オセアニア区の大きなユーカリ夜風に揺れて優しいリズム気の早い秋の虫の声は優しい歌を歌うよう
私はそっと目を閉じた
『とっ、とっ、とっ、とっ』音が聞こえる『とっ、とっ、とっ、とっ』
どこからするのか静かに音が聞こえてきてる誰かの音、誰かが生きてる心臓の音ポッケの中で聞いていた、あの柔らかくて温かいポッケの中でずっと聞いていたなんだかとっても懐かしい、優しく包むあの音に私はそっと癒される
「お母さん、ありがとう」
気持ちはすぅっと温か落ちついて、私はすぅっと眠りに落ちるお母さんの音、私の音、そして聞こえるもう一つの音
そっと広がる夢の中、3つの音が重なり歌う
優しい優しい夢の中夢の中なら私は自由、私は自由どこまでも────開かなかったドアが開くそう、夢の中なら私は自由────夜の動物園を楽しむお客さんの側をすり抜けて、私はオセアニア区を歩いていく
『ドアを開けて大きなユーカリ眺めながらあそこを歩いて、こっち側、それとも向う側───』
ずっと考えていたこと想像ばかりしていたこと夢の中なら私は自由、今の私はどこでも行けるヒロキさんの家の側石のヒロキさんに「こんばんは」来年は8月24日にきっと来るねと、ちゃんと約束『ユイ、君はアフリカ区を抜けていくんだ』と低い声石のヒロキさんが私に言った「一緒に行こうよ」私はにっこり笑ってそう言い誘う『いいね』石のヒロキさんはにやりと笑う今、私達は夢の中夢の中ならみんな自由、楽しいことおもしろいこと、なんでもきっと必ず出来る
────ヒロキさんが言っていた“暗くなったらまた眠る”ということ、それは今の私に自由が必要だってこときっと訳があって外には出られなくなっていただから眠って夢の中、夢の中から外へ出るということそんなこと、ヒロキさんが教えてくれたことってそんなこと私達はアフリカ区を抜け、お客さん達が大勢いる場所へと着いた『向こうを見てごらん。あれが“優しい人からのプレゼント”だ』石のヒロキさんはそう言いながら指をさす私はその指さす先、なかよしトンネルの方へ振り返った「わぁ」
そこには優しく歌い楽しそうに踊るコアラ達がいた────
ひかりのコアラそう、私を待っていたのは“ひかりのコアラ”達────“優しい人からのプレゼント”みんなをここまで連れてきくれた
私の目から涙がぽとりと地面に落ちたひかりのコアラは歌って踊るリズム刻んで奏でるメロディーひかりのコアラが歌って踊る夜風に吹かれて不思議な笑顔コアラ、コアラ
私達はみんなコアラコアラ、コアラ一人、二人、三人四人十人、百人、一万人私達はみんな笑顔のひかりのコアラブッチさんにキリンさんみんな一緒に踊っているよみんな一緒に歌っているよ石のヒロキさんが笑って言った『ユイも一緒に歌ってみなよ、ユイも一緒に踊ってみなよ』
石のヒロキさんはそう言って、笑い転げて光の中へみんなと一緒に歌って踊るなんだかとっても嬉しそう、なんだかとっても楽しそう私も笑って光の中へみんなと一緒に歌って踊ってたくさん跳ねる───そう、今の私は夢の中優しい優しい夢の中
夢の中なら私は自由、私は自由どこまでも────
夢の中なら私は自由───
あの日ヒロキさんが言っていたこと
暗くなったらまた眠るってこと
そこから始まる夢の中
自由で楽しい夢の中
心配してくれている飼育係さんに気を使わせないで外へ出るため
───自由に歌って踊って笑うため
優しい優しい夢の中
夢の中なら私は自由、私は自由どこまでも────
私は歌う、私は踊る、みんなと一緒に笑ってる
ひかりのコアラと一緒に歌う、一緒に踊る
夢の中なら私は自由
───私達はみんな自由
「ありがとう」
それは寝言に、そのまま寝言で
「ありがとう」
ひかりのコアラ、会わせてくれた優しい人
ありがとう
みんなみんな本当に───
「ありがとう」
※文中の映像作品は「ひかるどうぶつえん2017」に出展された作品、『コアラのグッバイソング』です