そこは春の匂いがするあたたかくて気持ちのよいところ、私たちとヒロキがいちばん近くにいられるところ。
いつもの通り、みんなが笑顔になる優しいひるさがりです。
ちょっと短いおひるねを切り上げて、ヒロキのお庭の点検がはじまります。
開放された中庭でも、バックヤードのカワセミさんを非常に真剣に見守ったり
ちょっと毛づくろいをしたり。
きちんと整えられたお部屋も開いていて、いつでもおうちへ帰ることができたけれど
「こんなにも気持ちのいい日を、お部屋でごろんと過ごすのはちょっともったいないよ」
だんだんと優しくなってきたお外の空気を、ひとつひとつ確かめながらヒロキは楽しんでいるようでした。
お庭のあちこちに少しずつ顔を出しはじめた、かわいい葉っぱたち。ちょっとずつちょっとずつヒロキはいただきます。
冬のお日さまをたくさんあびた茶色の草たちも、春の力がいっぱいつまった小さなみどりも、どっちもおいしいね。
しゃくしゃくしゃくしゃく、ぶちっぶちっと草を食べる音が聞こえてきます。ヒロキはおなかが空いているのでしょうか。
「ぼくのどんぐりあげる」 見ていた男の子が小さな優しい声で、ヒロキに話しかけました。
「ありがとう、でもきみの大事などんぐりをもらうわけにはいかないよ。大丈夫、ぼくはおなかがすいてるわけじゃないんだ」
「ぼくはお庭の草をこうして食べるのが大好きなんだ。お外に出られない寒い冬の間は、春の日のことを考えてたよ」
「たくさんの雪が降った日も、葉っぱをたべながらお庭をただお散歩する夢を見た」
「冬の日に夢の中で感じたことを、今こうして思い出しながら確かめる。それがぼくの春のはじまりなんだ」
ヒロキはいつもの通り坂道をてくてく歩きはじめました。
今年の春は、ヒロキやオセアニア区、そして金沢動物園にどんなことを見せてくれるのでしょう。楽しみだね、ヒロキ。
お庭のミモザのもあともうひといき。かわいい黄色のふわふわたちのおしゃべりもそろそろ聞こえてくる頃です。
今日でヒロキが金沢動物園にやってきて27年目に入りました。
今年もまたヒロキとこうして春を迎えられて本当に嬉しく思います。
ヒロキ、金沢動物園にきてくれて本当にありがとう。
またヒロキをいつもいつも大切にお世話してくださるスタッフの方々、本当に本当にありがとうございます。
あの小さな箱でやってきた春の日、ヒロキが感じたお日さまや風の匂いはどんなだったのかな……。