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フジと最後の上野動物園のモノレール
フジが九州に旅立っていきました。悲しいわけじゃない、ただただ悲しみと同じくらいの寂しさがあるんです。
今まで書いてきたフジと動物達のお話、
秋が来て冬が来る前にフジがやること
フジと上野動物園のモノレール
フジとウメキチ、モモコの円山動物園
フジと旅の思い出、2回目のモノレール
ユキオに会ったフジ
フジと夢の中での景色
今回で最後です。
もし今まで全部読んでくれた方がいらっしゃったらお礼を言いたいです。
ありがとうございました。これからもフジを応援してあげてください。
お願い致します



『旅のようななにか』


“あの日”から冷たく長い雨が降り続いた。
そして雨が上がった次の日の朝、突然始まった出来事に僕はわけが分からなくなった。
「今僕はどこにいるんだろう。これが僕の楽しみにしていた旅なのか」
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僕が今乗っているこの乗り物はいったいなんなんだろう。この乗り物に揺られてもうずいぶん経った気がする。
この乗り物は音がすごくうるさい。乗り物のうるさい音の中で僕は上野動物園のモノレールを思い出す。
モノレールでの旅は静かで不思議な最高の旅だった。
そうだ、あの旅に比べたら今のこれは旅なんかじゃない。
“旅のようななにか”でしかないんだ
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僕は今暗くて狭い箱の中にいる。小さな窓から外を見ても何も見えない。
あの光輝く星空も澄み切った青空も、そして大好きな運転手の猿の背中も――今の僕には何一つ見えなかった。
これは“旅のようななにか”なんだ。
あの時の様なワクワクする気持ちを今僕は一つも感じられない。
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それどころか、この勝手に始まった“旅のようななにか”が僕は怖くて、そして不安で仕方がない。
僕は行き先が書いてある切符を持っていない。“旅のようななにか”はいつまで続き、僕はどこへいくのか――
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「ユキオさん」
僕はユキオさんの大きな体と優しい笑顔を思い浮かべた。
大好きな、僕の大好きな“上野動物園のホッキョクグマ”ユキオさんだ。
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でもユキオさんは上野動物園にはもういない。
“あの日”本当の最後の旅にレイコさんと一緒に出かけてしまったんだ。

次の日から上野動物園に冷たい雨が降り続いた。
そうだあれは、ユキオさんのことが大好きなお客さん達、飼育係さん達、そして動物達の涙だったのかもしれない。
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暗くて狭い箱の中で僕はユキオさんとレイコさんのことを考え続けた。

二人の本当の最後の旅は始まっているのだろうか、一緒に歩いて笑っているんだろうか。
今二人は幸せなんだろうか。
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二人の笑顔を思い浮かべていないと僕はこの“旅のようななにか”に耐えることが出来ない。
お兄ちゃんもこうして北海道に行ったのか。一人ぼっちで暗くて狭い箱の中に入り、そしてこのうるさい乗り物に乗ったのか。
これを、こんなことを経験しなければ大人にはなれないのか。
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ユキオさんにもっとたくさんの事を聞いておけば良かった。
今となっては何を言っても後悔にしかならない。

ただみんなが思っていたはずだ。
レイコさんが見守る上野動物園でユキオさんはまだまだずっと暮らしていてくれるって、そうみんなが思っていたはずなんだ。

「ユキオさん、運転手さんもきっと悲しんでるよ」
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僕は泣いている。
僕はユキオさんの事を思い出して情けなくさっきから泣き続けている。
レイコさんには悪いけど、やっぱりユキオさんがいない上野動物園はありえない。

そうだ、空っぽだ。

ユキオさんは最後まで大きくてカッコ良くて、みんなに優しくて――そして大好きなレイコさんの事を想い続けた“上野動物園のホッキョクグマ”だったんだ。

「ユキオさんは僕より先に遠くに行ってしまった」



僕は今暗くて狭い箱の中にいる。小さな窓から外を見ても何も見えない。
僕は不安で仕方がない。
「お母さん」
僕はいつも優しかったお母さんのことを考えた。








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『ユキオの上野動物園最後の日』


「フジ君、君を見送ることが出来ないかもしれないな」
フジが引っ越すことになったという話を聞いたユキオはそうつぶやきました。
ときおり肌寒い風が吹き抜けるようになった、冬の予感がしてくる秋の日のことです。


ユキオは座っていました。ずっとずっと土のお庭に座っていました。
お部屋に戻る時間になってもずっと土のお庭に座ったままでした。
もう何日もお部屋には戻らず、青空や星空、朝日が登る少し眩しい空や秋の綺麗な夕焼け空、そんな色々な空を見上げ、どこかで見守っているレイコさんに話しかけ続けました。

「レイコさん、僕は上野動物園に帰ってこれて本当に嬉しかったよ。ここに座っているとね、すぐ近くにレイコさんがいることが本当によくわかるんだ」
ユキオは体中に痛みを感じながら、それを我慢して微笑みながらささやきます。
お客さんに、飼育係さんに少しでも心配をかけないように、大好きなレイコさんに心配をかけないように。

それは何日も何日も続きました。ユキオの優しい思いは届きません。ユキオを見たみんながわかっていました。みんなが心配していました。
お庭で座るユキオはとても辛そうでした。

でもその時のユキオは体の中に残る僅かな、ほんの僅かな力をその大きな体に蓄えていたのです。
レイコさんと一緒に行く本当の最後の旅、その旅の途中でレイコさんを守るために。
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「レイコさん僕はね、一度お部屋に降りて行くともうここに戻ることが出来ないかもしれないんだ。そうしたら悲しいだろ?レイコさんの事を近くで感じられなくなってしまう。だからお部屋には戻らない」
そう言ったあと、いままでずっと微笑みを絶やさなかったユキオの目から涙が溢れだしました。
ユキオは空を仰ぎ、そして小さな声で言いました。
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「頑張ってきたけど、駄目みたいなんだレイコさん。僕はね、もう駄目みたいなんだ」

この時、ユキオの体に残っているのは本当の最後の旅に行く力だけでした。ユキオはそのことを知っていたのです。

「そろそろ僕達の最後の旅に出発だ。レイコさん、準備は大丈夫かい?上野動物園のモノレールで行くことは出来ない。そんな場所への長い長い最後の旅だ」

たくさんの涙を流し、その涙を枯らしていたユキオは優しく微笑みながらレイコさんに呼びかけました。
「レイコさん今まで近くで見守っていてくれてありがとう、本当に穏やかな毎日をここ上野動物園で過ごすことが出来たよ。近くに居るんだろ?出ておいでよ」

「ユキオさん、よく頑張ってくれましたね」
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ユキオの前にそっとレイコさんが立っていました。その姿は昔と同じ、可愛くて綺麗な一度も忘れたことがない、あのレイコさんのままでした。

「レイコさん、やっぱりレイコさんは優しいね。僕の所にすぐにやってきてくれる。昔からずっとそうだ。僕が困っているとすぐにやってきて静かにお話をしてくれるんだ」
もう残っているはずがなかった涙がユキオの目からもう一度溢れだしていました。

「さあ行こう、レイコさん僕達の本当の最後の旅に出かけよう」
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ユキオがそう言うとレイコさんはゆっくりと首を横に振りました。
「ユキオさん、旅の前に、ユキオさんがこちら側に来る前にデアにお別れを言いに行きましょう。デアは毎日毎日ユキオさんのことを心配していましたよ。そしてきっとユキオさんのことが好きだったと思います。きちんとお別れを言ってあげないとデアはお庭に行くことが嫌になってしまうかもしれません」

「そうだね、デアにお別れを言いに行かないといけないね。上野動物園のホッキョクグマとしてあの子には幸せになってもらわないと。ありがとうレイコさん」

レイコさんは優しく微笑みました。

「レイコさん、力を貸してくれないか?僕一人ではもう立ち上がることも出来ないみたいなんだ」

レイコさんを包む暖かい光がユキオも包み込んでいきました。
その暖かさを感じたユキオはゆっくりと立ち上がり、お部屋への階段を一歩一歩、大好きな上野動物園の感触を記憶していくかのように歩き始めました。
二人仲良く並んで一緒に歩き出したユキオとレイコ。そこにはお客さんが、飼育係さんが、そして上野動物園の動物達みんなが大好きだった幸せな二人の姿がありました。

レイコさんはユキオの横を歩きこの世界でのユキオの最後の姿を見つめました。
初めてユキオが上野動物園にやってきた日の事をレイコさんは思い出し、ユキオに話しかけました。
「ユキオさん、私達が初めて会った日のことをおぼえていますか?」

「もちろんだよ。僕の世界が変わって見えるようになった大切な日だ」
横を歩くレイコさんの横顔はあの日に見た笑顔のレイコさんのままでした。ユキオはこの日のことも決して忘れないと思いました。
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ゆっくりと時間をかけて階段を降りたユキオはデアの部屋にたどり着きました。
「デア」
穏やかな声でユキオはデアを呼びました。

「ユキオさん」
デアは久しぶりに見るユキオの姿に涙し、自分では何も話さずユキオの話を聞きました。

「デア、ごめんね。僕は旅に出るよ。本当の最後の旅だ。遠い遠い場所への最後の長い旅だ。もう大好きだった上野動物園には帰って来れない。デア、ごめんね。今日でお別れだ。またいつか会うことが出来る日がきっと来る。ただそれはまだまだずっと先のことだ。だから一度お別れだ。デア、きっと男の子のホッキョクグマがここにやってくる。きっとその日から世界が変わって見えるだろう。それはとても素敵なことだ。その日から君とその男の子が“上野動物園のホッキョクグマ”になるんだ 」

デアはユキオから目を離さず話を聞きました。
どんなにぼろぼろでもしっかりと自分を見つめ話をするユキオの姿が今までで一番カッコ良く見えました。
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「少し疲れたよ。座っていいかい?」
ユキオはそう言ってお部屋に座り、そっと目を閉じました。
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「ユキオさん、旅にはいつ出発するんですか?」
デアが聞くとユキオは小さな声で言いました。

「本当の最後の旅がいつ出発になるか自分ではわからない。ただ、そろそろだ。レイコさんが迎えに来てくれている」
ユキオはそう言ったあと床に静かに寝そべりました。穏やかな顔で優しく微笑んでいます。

「今日は北極星がよく見えるよ、窓から眺めてごらん。デア、今まで本当にありがとう」

それがデアが聞いたユキオの最後の言葉になりました。

ユキオの大きな体から光のようなものがスッと出てきてユキオの形になりました。
もう一つのホッキョクグマの形をした光のような物がどこからかやってきて、ユキオの体から出た光に寄り添うようにしています。
その光はデアの方に一度振り返り、そっとお辞儀をしたように見えました。
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「あれがレイコさんなんだ。きっと優しいホッキョクグマだったに違いない。さようならユキオさん。ありがとう最後に会いに来てくれて。本当にありがとう」
デアはそうつぶやき、涙をこぼして泣きました。
お部屋の窓から見た星空にひときわ輝く星を見つけました。

「ユキオさんが言っていた北極星がどれなのかはまだ私にはわからない。でも今見ているあの星が私の北極星。私はこれから毎日あの星を見るの。あの星はきっとユキオさんとレイコさんが光らせている星だと思うから」
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二人の本当の最後の旅はとっても素敵な旅になりました。
ユキオは大好きなレイコさんと並んで歩き、澄んだ綺麗な星空へと登って行きました。もうこれからはずっとずっと一緒だと思うと、それだけでユキオとレイコさんは幸せな気持ちになりました。

星が輝く夜空には二人の思い出が次々に浮かんできました。初めて二人が出会ったあの日の風景、二人で泳いだ夏のプール、時間が来るのを心待ちにして笑った「自動給餌機」、時々降った東京の雪、レイコさんが大好きだった桜のお花、モノレールに乗って二人で出かけた数々の旅の風景、運転手の猿の顔。
そして二人で歩いた北極の白い大地、北極点にある地球の自転のための大きな芯棒、見上げれば真上に輝く北極星。
色々な二人の思い出が夜空に浮かんできます。
ユキオとレイコさんは一つ一つ二人の思い出を眺め懐かしく思い二人で笑いそして涙をこぼしました。

もうユキオとレイコさんに苦しいこと、辛いこと、痛いこと。そしてさみしい思いは一つもありません。
これから二人はずっと一緒、いつまでもずっとずっと幸せなままずっと一緒です。

それはどんなに大変でもさみしくてもずっと頑張ってきた二人への神様からの贈り物。

ユキオとレイコさんにとって一番大切な“二人一緒の時間”でした。


本当の最後の旅のために力を蓄えていたユキオはレイコさんの手を引き、力強く歩いていきます。
その姿は元気だった頃の、私達が知っているあのユキオのままでした。








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『モモコと上野動物園のモノレール』


何日か前からフジは小さな箱に出たり入ったりする遊びをするようになりました。
その事に気が付いたお母さんのモモコは嫌な予感がしました。
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「私が知っている箱じゃなければいいんだけど」
モモコは知っています。あの暗くて狭い箱が遠くに行くための箱だということを。
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「でもまだわからない。フジを不安にさせてはいけない、フジに何も話してはいけない」
モモコはお父さんのアズマに相談しました。
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「お父さん、フジの事を何か聞いていますか?」
モモコがアズマにそう聞くと、アズマはフジに聞こえないように小さな声で言いました。

「お母さんも気がついてしまったんだね。そう、あの箱は引っ越しの箱だ。昨日飼育係さんが話しているのを聞いた。熊本ってところらしい」
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「やっぱり……フジは引っ越してしまうんですね。ウメキチと同じように」
モモコはウメキチとの別れを思い出すと、箱で遊んでいるフジを見ることが辛くなってきました。
大人になるためにはしかたのないこと、男の子に旅はつきものだということ、自分にいくらそう言い聞かせても駄目でした。何度も経験してきた自分の子供とのお別れは、どんな時でも辛かったのです。
話しているうちに表情が変わったモモコを見たアズマは言いました。
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「大丈夫だ、上野動物園にはモノレールがあるんだ。いつだって会いに行けるんだ。そう言ってたじゃないか。ウメキチにもフジにもすぐに会いにいけるよ」

モモコは上野動物園のモノレールのことを思い出しました。フジと一緒にウメキチに会いに円山動物園までモノレールで行ったあの日、自分でも言っていたのです。


―――お母さんはまたあなた達二人に会いに行ける。上野動物園のモノレールに乗って、きっと会いに行ける。一人前になった子供達に会うこと、それはお母さんにとってなにより嬉しいこと―――


「お母さん、心配ないよ。フジのことなら心配ない。あの子はもう立派な大人だ」
そう言って微笑んだアズマの顔を見たモモコは少し考え、そして言いました。

「そうですね、フジもいつの間にかユキオさんと仲良くなって色々なお話をしてもらって変わりました。なんだかたくましくなった気がします、大丈夫ですね」
心配ない、心配ないとモモコは何度も自分に言い聞かせました。
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「フジはきっとお引っ越しのことを未来への大切な旅だと思ってくれる。あの子は男のマレーグマ、きっと旅をするごとに成長してくれる。それを嬉しい事だって考えないといけない」
しっかり者のお母さん、モモコはそう考え、「いつかモノレールに乗ってウメキチとフジに会いに行こう、お父さんとキョウコさんと三人で会いに行こう」と、二人の成長を楽しみに待っていようと思いました。

箱に出たり入ったりして遊ぶフジを見て、「頑張って、気をつけて行ってらっしゃい」と少し涙をこぼしながらつぶやき、深く頷きました。

何も、誰も何も心配していませんでした。

そう、“あの日”が来るまでは。
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「ユキオさんが、行ってしまったんだ。最後の旅、本当の最後の旅に」
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フジのその一言で始まった“あの日”の朝、モモコ、アズマにキョウコさん、そして上野動物園の動物達みんなが悲しみにくれました。
特にフジの悲しみは大きく、降りしきる冷たい雨の音の中、大きな声でずっと泣いていました。

「僕がごちそうを貰って喜んでたあの日、ユキオさんはずっと苦しんでいたんだ。僕はそんなことも知らないで馬鹿みたいにはしゃいでた。ヨーグルトやパイナップル、僕が食べてた美味しいものをユキオさんは食べることさえ出来なかったんだ。そんなことも知らないで僕は馬鹿だ馬鹿だ、大馬鹿だ」
フジは時々そんなことを大声で言いながらずっと泣き続けました。
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そんなフジを見たモモコは話しかける言葉が出てこなくなってしまいました。
「フジ」
声をかけようとしても声が出ません。

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誰もフジに声をかけることが出来なくなって数日が過ぎました。
フジは酷く落ち込んだままです。

ある朝、フジが小さな箱に入ると、いつもは開きっぱなしの扉が閉まりました。
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フジがいくら押しても叩いてもその固く閉まった扉は開きません。

フジの入った暗くて狭い箱が揺れました。小さな窓から外を覗くと、今まで暮らしてきたマレーグマ舎から離れていくのが見えました。

出て行く時の音でモモコがその異変に気が付きました。
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「フジ、フジがいない。きっとお引越しが始まったんだ」
モモコは眠っていたアズマを起こし、フジのことを話しました。
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「フジが、フジが行ってしまったの。あんなに酷く落ち込んだままフジは行ってしまった。大丈夫でしょうか?」

「フジを信じるしか無いだろう。フジも男のマレーグマだ、信じてあげなさい」
アズマの言葉にモモコは頷きました。

「きっと大丈夫。そう、きっときっと大丈夫。新しい動物園できっとフジは可愛がってもらえる、人気者になれる。フジはきっと新しい世界を楽しんでくれる」
モモコはそう言いながらお庭に出ました。

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モモコはお庭で色々な事を考えました。
初めてお庭にフジを連れ出したあの日のこと、木の上から落ちそうになったフジを助けに行ったあの時のこと、フジのお誕生日や、木のてっぺんまで登り得意気にしてたあの時の顔。
全部大切なここでの思い出です。
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「モノレールにはびっくりした。ウメキチと三人で会うことが出来るなんて本当に嬉しかった。フジは本当にいい子だった。私は本当に今まで幸せな毎日を過ごしてこれたんだ」
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モモコは多摩動物公園で暮らしていた時のことから今までの事、みんなの事、みんなとの時間、どんなことでも全部思い出していました。
そして最後はフジのことが頭のなかを離れませんでした。

「フジ、あなたのことが一番心配だよ。あんなに辛そうな顔をしたままお引っ越し、そんなんじゃ大切な旅にはならないもの」
モモコは最後までフジを励ますことが出来なかったことを、声さえかけてあげられなかったことを後悔して一人泣き出しました。

「ごめんね、フジ」

そんなモモコを隣から眺めていたコツメカワウソ達が声をかけました
「どうしたんですかお母さん、フジは、今日はフジはお庭に来ますか?」
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「コツメカワウソさん、フジは今日お引越しをしている。遠くの動物園まで行ってしまった。いつもフジと仲良くしてくれてたわね。今まで本当にありがとう」
モモコは少し落ち着きを取り戻し、コツメカワウソとお話をしました。

「フジはユキオさんが旅立ってから酷く落ち込んでいたの、大好きなユキオさんが上野動物園からいなくなってしまったことがとてもさみしかったみたい。今その気持のまま一人ぼっちで暗くて狭い箱の中で乗り物に揺られているわ」
モモコの話を頷きながら静かに聞いているコツメカワウソ。今日はご飯の時間が近づいても騒いだりしません。

コツメカワウソ達もフジのことを思い出していました。いつも楽しそうにお庭で遊ぶフジのことを二人でおしゃべりしながら眺めることが大好きだったのです。
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モモコは後悔しているとコツメカワウソ達に言いました。
心残りの大きさ、それはフジに対する愛情の大きさと同じくらい大きくなっていきました。

「フジを慰めてあげられなかった、声をかけてあげられなかった。私はお母さん失格かもしれない。そのうちそのうちって思ってたらフジは行ってしまった。それがとても悲しくて悔しいの。フジは今頃きっと不安で不安でしょうがなくなっている。フジは大切な旅を台無しにしてしまう。私にはなんとか出来たはずなのに」

「フジが到着する前に声をかけてあげられないんですか?」
コツメカワウソの一人がそう言いました。
「そうだよ、新しい景色を見る前にフジが元気になればいいんだよ。そうすれば新しい世界がいい方向に見えるに決まってる」
もう一人が続けて言いました。

「でもどうやって、どうすればいいのフジはもう遠くまで行ってしまっている。追いかけても追いつかない……」
その時、モモコの話を遮って話しかけてくる声がありました。
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「上野動物園にはモノレールがある。知っているかい?」
マレーグマ舎にいつも遊びに来るハト達の声でした。
「上野動物園のモノレールは動物達も乗れるんだ。運転手は猿だ。上野動物園のモノレールは速いんだ、静かだしね」

その鳩達はいつかフジに上野動物園のモノレールのことを教えてくれたハト達だったのです。
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モモコは涙を拭ってハトたちに聞きました。
「前に一回乗ったことがあります。北海道のウメキチの所までフジと一緒に行きました。でも今は動物園は開園しています。上野動物園のモノレールは今はお客さんを乗せて走っているはずです。“動物達だけの特別な一日”にしか動物達は乗れないはずです」
 
「運転手の猿だ。彼に頼めばいい。あの運転手はああ見えて凄い奴だ。きっと解決方法を知っている。フジに追いつけばいいんだろ?」
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モモコはどうすればいいのかわかりませんでした。東園の駅に行こうとしても今はたくさんのお客さんがモモコ達を見ています。
「でもどうやって頼みに行けばいいんですか?私が今ここを出て行ったら大騒ぎになってしまいます」

「そのくらい言ってくれよ。いつも君たちのおやつの残りを貰っているんだから、お返しくらいさせてくれ」
そう言ってハト達は猿山まで飛んでいきました。

「おーい、運転手。どこにいるんだい」
ハト達は運転手を大勢いる猿の中から一生懸命に探しました。
「ユキオさんが旅立ってしまって、きっと落ち込んでいるんだろう。いつまでもそれでは困るんだけどな、動物達がモノレールに乗れないじゃないか」
ハト達がそう言ってぼやいていると、小さな声が聞こえてきました。

「今動物園は開園中、今は無理。モノレールに乗りたいなら夜、夜になったらフクロウに切符を貰ってくれ。あぁ、でも無理だ。今そんな気分じゃない」
それは運転手の猿の声でした。

「そこにいたのか、運転手。出番だぞ。君にしか出来ないことだ、やるしかないんだ」

運転手の猿はハト達にそうやって言われても全く動きません。瞳には力もありませんでした。
「ユキオさんが上野動物園からいなくなってしまってまだ日にちが経っていません。私にもう少し時間をください」

「困っている動物がいるんだ、上野動物園のモノレールを上野動物園の動物達のために走らせるのは君の使命だ」
ハト達は大声で言いました。
「やめてくれ、私はうるさいのが苦手なんだ。ユキオさんだけじゃない、フジ君までお引越しだ。やってられないよ」
運転手の猿はハト達に背を向けてしまいました。

「そのフジ君のためにモノレールを走らせるんだ」

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「フジ君がどうかしたんですか?」
運転手の猿はハト達の方に振り返りました。その瞳は力を取り戻しているように見えました。

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ハト達から一通り話を聞いた運転手の猿は秋の澄み切った青空を眺め一回大きく頷きました。
「わかりました」
その言葉はいつもの様に小さな声でした。だけどとても力強く聞こえました。

「さっきも話したように今は開園中です。上野動物園のモノレールはお客さんを乗せて走っています。でも私には考えがあります」
そう言って運転手の猿は猿山の頂上まで登って行きました。

頂上に辿り着いた次の瞬間、運転手の猿は大きくジャンプをして猿山の周りの柵を飛び越え森のなかに消えていきました。

「やれば出来るじゃないか。やっぱりあの運転手は凄い奴なんだ」


運転手の猿は上野の森の中を走り続けました。時には木に飛び移り何かを目指して走り抜けます。
「エミュー、今日走らせるモノレールは君の横を通るわけにはいかない。またいつかモノレールに乗る動物達を見送ってくれ。そして今日は僕に力を与えてくれ」
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運転手の猿が目指した場所、それは上野の森の奥のほう、そこには今のモノレールの前に走っていた「東京都交通局30形電車」がひっそりと眠る場所でした。
「あった。私の前の運転手に聞いたとおりです。本当にここにあったんですね」
運転手の猿はモノレールのドアを開けてみました。少し固く開けるのに力が必要でしたが、ドアは静かに開きました。

運転席に座り、刺さったままの鍵を回しました。
色々なランプが明るく光りました。
「良かった。動く。この古いモノレールはちゃんと動く。上野動物園の動物達のためにずっとここで待っていたんですね」

運転手の猿はゆっくりとレバーを倒しました。モノレールは静かに上昇してから走りだしました。
静かにだんだんとスピードを上げて、上野動物園のモモコが待つマレーグマ舎に向かいました。

大勢のお客さんが空を走るモノレールを見上げました。
あまりに不思議すぎたその光景にお客さんみんなが声を失い、ただただその場から見上げていました。

ゾウ達だけはモノレールに向かい大きな声をあげ、運転手の猿を応援しました。

「頑張れ、上野動物園の動物達があなたを頼りにしている。頑張れ、本当に頑張れ」
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モモコは象の鳴き声が聞こえた方角を見ました。遠くの空からやって来るモノレールを見つけました。
「あれは、モノレール。上野動物園のモノレール。本当に来た」
それは前に乗ったモノレールとは少し違います。ちょっとだけ汚れていて、色はくすんでいました。でもその少し古いモノレールが何より頼もしく感じたモモコは、モノレールに向かって力いっぱい手を振りました。

モノレールはマレーグマ舎に静かに降りました。お客さんたちはみんな大騒ぎです。
「モモコさん早く、早くモノレールに乗ってください。時間がありません」
運転手の猿は少し古いモノレールのドアを開け、モモコを中に呼びました。
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モモコが少し古いけど頼もしい“上野動物園のモノレール”に飛び乗ると、静かにそして凄いスピードで走り出しました。
「モモコさん、スピードを上げます。フジ君が大切な旅を台無しにしてしまわないように、私もモノレールも頑張ります。でも追いつくかはまだわかりません」

モモコは運転席のすぐ後ろに座り運転手の猿に言いました。
「ありがとう、運転手さん。いつもいつも本当にありがとう」

運転手の猿はいつもと同じ小さな声で言いました。
「上野動物園の動物達の幸せは、ユキオさんの願いでもあるんです。ユキオさんが残した物、私もそれを大切にしたいんです」

真っ直ぐに前を見て運転手の猿はモノレールを走らせました。
「このままではフジ君に追い付きません。きっとフジ君は飛行機で移動しています」

凄いスピードで流れていく景色の中でモモコはフジの事を思いました。
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「フジ、ごめんね。今きっと怖い思いをしてるよね、不安で仕方なくなって何も楽しめなくなっているんだよね。私達と同じ世界に生きているってことがわからなくなっているよね」

モモコの声を聞いた運転手の猿もフジと出かけた二回の旅の事を思い出して、後ろにいるモモコにも聞こえない小さな声でつぶやきました。
「君はいい子だ、素晴らしいマレーグマだ。君と出かけた二回の旅、たったの二回だけだったけどとっても楽しかった。君とだからユキオさんを迎えに行こうと思ったんだ。ユキオさんが、そして上野動物園の動物達みんなが、何より私自身が救われた。今度は私が君の未来を救う時です」
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「駄目だ、本当に今のスピードでは追いつけない」
運転手の猿は焦りを感じてきました。

「上野動物園のモノレール、お願いです。もっともっとスピードを上げてください」
そう言いながら運転手の猿はレバーを一番最後まで倒しました。いつもは静かなはずのモノレールが大きな音を出し始めました。
少し古いモノレールのモーターが聞いたことが無い大きな唸りを上げています。

「もっと、もっと、もっとスピードを、もっともっともっともっと、お願いだからもっとスピードを私とモモコさんにください」
運転手の猿が大きな声で叫びました。いつもは小さな声の運転手の猿が大きな声で、精一杯の大きな声で叫んでいました。

運転手の猿の手には小さな紙が三枚ありました。
ユキオを迎えに行った時、フクロウから自分で貰った釧路までの三枚の切符――フジの分、ユキオの分そして自分の分の三枚です。
その大切な切符を運転手の猿は握りしめました。
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その時、上野動物園の少し古いモノレールが急に現れた眩しく輝く光のトンネルの中に吸い込まれていきました。
辺り一面眩しく輝く光のトンネル、景色は何も見えません。
するとさっきまで唸りを上げていたモノレールのモーターが静かになりました。
モーターだけじゃありません、スピードの中でガタガタ震えていた窓ガラスの音、車体が切り裂く風の音。何もかもが聞こえてこなくなり、不思議な静けさがモモコ達を包み込んでいました。
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どのくらいの時間が経ったのか、どんなスピードなのかもわかりません。運転手の猿も今まで経験したことの無い不思議な空間の中をモノレールは走っていきます。
なぜか安心できる不思議な空間、そして時間。モモコ達は一言も喋らず時間だけが過ぎていきました。

そして急にひときわ明るくトンネルが輝いた瞬間、モモコたちはトンネルの先にフジの姿が見えたような気がしました。
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何かを祈るように手を合わせるフジ、その姿を運転手の猿とモモコは同時に見たのです。
「お母さん、早く来て」
そう言って泣いているようにモモコは感じました。

「早く、早くフジの所へ行かなくちゃ」
モモコがそう言った瞬間、上野動物園の少し古いモノレールは光のトンネルを抜けました。
青い空と青い海、そして緑の山々が二人の視界に飛び込んできました。

「あれです、あの飛行機です」
運転手の猿が指さした方向に大きな飛行機が飛んでいるのが見えました。それは決して綺麗でもカッコ良くも無い、ただの鉄の固まりのようにモモコ達の目には映りました。

モノレールのモーターがもう一度大きな唸りを上げました。フジの所までの最後の疾走が始まりました。
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「フジ、もう少しだよ。心配しなくていいよ、私達はあなたのすぐそばにいる。だから泣かないで、フジ」
モモコの綺麗な青い瞳から涙がこぼれ落ちました。その涙がモノレールを運転している運転手の猿の手の甲に落ち、染みていきました。

モノレールのスピードがまた少し上がりました。フジの乗る飛行機までどんどん追いついていきます。
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「追いついた、本当に追いついた」
運転手の猿が小さな声で言いました。
とうとう上野動物園の少し古いモノレールはフジの乗る飛行機のすぐ横にまで来たのです。

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モモコはモノレールのドアを開け、フジの乗る飛行機に向かって叫びました。
「フジ、フジーっ」
モモコがどんなに大きな声で叫んでも、その声はモノレールの大きな音と飛行機の大きな音に打ち消されてしまいました。

「モモコさん、もっと近づきます。気をつけてください」
大きな飛行機に比べたらずっと小さな上野動物園の少し古いモノレール。飛行機にぶつかったらひとたまりもありません。
運転手の猿は凄いスピードの中で慎重にモノレールを大きな飛行機に近づけました。

大きく息を吸い込んでからモモコはもう一度飛行機の中のフジに向かって叫びました。一生懸命叫びました。風に飛ばされそうになってもモノレールにしっかりとつかまって叫び続けました。涙で目が霞みました。開けたドアから冷たい空気が入ってきました。それでもモモコは叫び続けました。
励ますことが出来なかったことを、声さえかけてあげられなかったことを思い出し、もうあんな後悔はしないようにと精一杯、一生懸命に叫びました。

フジの笑顔を取り戻すためにモモコは叫び続けました。
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何かが暗くて狭い箱の外で起きている――フジは何かを感じて立ち上がりました。小さな窓から外を覗きましたがやっぱり何も見えません。
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それでもフジは暗くて狭い箱の外、音がすごくうるさい乗り物の外に何かを感じていました。
感じた何か、それはなんだか懐かしい暖かさ、そしてワクワクする気持ちでした。
「わかった、上野動物園のモノレールだ。僕の大好きなモノレールが近くに来ている。乗っているのはお母さんだ。お母さんと運転手の猿が僕のすぐ近くに来ている」
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大きな音に声がかき消されていても、しっかりとモモコの想いはフジに伝わっていきました。
「フジ、心配しなくていいんだよ。ユキオさんのことは本当に残念だったけど、たくさんの大切なことをフジに教えてくれた、たくさん残してくれた。フジはそのことを大切に、忘れないで生きていけばそれで大丈夫なんだよ。新しい動物園はあなたにとっての新しい世界。きっと素敵な家族がいつかできる。私はいつでも大人になったフジに、フジの新しい家族に会いに来ることができる。上野動物園のモノレールに乗っていつでも会いに来ることができる」

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「お母さん、僕にはわかるよ。もう大丈夫だ。暗くて狭い箱の中も、音がすごくうるさい乗り物のことももう怖くない。これは旅だ、僕がワクワクしていた大切な旅なんだ。外に出た時、そこには新しい世界が僕を待っている。ユキオさんに教えてもらったんだ。動物園は動物達が作るんだ。僕はユキオさんのように最後まで頑張るよ」

フジの目から涙が溢れました。さっきまでこぼしていた涙とは違う涙です。

モモコは飛行機の中にフジを見えたような気がしました。さっき光のトンネルの中で見た祈るような悲しい表情のフジとは違う笑顔のフジです。

「フジ、頑張るんだよ」
いつの間にかモモコも笑顔になっていました。
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フジを乗せた飛行機は煙が出ている山の横を通り、だんだんと降りて行きました。
「モモコさん、そろそろ戻らないといけないようです」
運転手の猿がいつもと同じ小さな声で言いました。

「ありがとう運転手さん。きっとフジは大丈夫です」
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上野動物園の少し古いモノレールはフジを乗せた飛行機からだんだんと離れ、上野動物園に向かって方向を変えました。

帰り道はいつもと変わらない静かなモノレールです。モモコは一人で景色を眺め、いつの間にか眠ってしまいました。
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「モモコさんも夢を見る準備ができていたようですね」
運転手の猿は眠ってしまったモモコを見て安心しました。

「私も今日はたくさんの夢を見ることができそうです。帰ったらいっぱい眠ることとしましょう」
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いつの間にか上野動物園が見えてきていました。
運転手の猿は「今回も素晴らしい旅でした。モモコさん、フジ君そしてユキオさん、本当にありがとう」と言って一人微笑みました。











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『フジと新しい世界』


暗くて狭い箱の扉が開いた。冬が近づくと夜が来るのが早い、あたりは暗くなってきていた。
あんなに怖かった暗くて狭い箱、今振り返ってその箱を見るとなぜか大切な物の様に感じる。

ここは僕がこれから暮らす、新しい動物園だ。どんな動物達が暮らしているんだろう。どんな飼育係さんと会えるんだろう。
そうだ、大切なのはこの気持ちだ。ワクワクするこの気持ちだ。
この気持ちが無いのなら旅なんかしない方がいい。ワクワクする気持ちが無いのならそれは旅なんかじゃない。

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僕はここで大人になる。
お母さん、お父さん、それからキョウコおばさん
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いつかみんなで会いに来てね。上野動物園のモノレールに乗ってみんなで会いに来てね。
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上野動物園のモノレールは凄いんだ。静かで速い不思議な乗り物だ。
運転手さんはとっても優しくて凄いんだよ。
忘れないでね、切符はフクロウに貰うんだ。
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いつかみんなで会いに来てね。上野動物園のモノレールに乗ってみんなで会いに来てね。
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僕はここで頑張るよ。


みんな、僕に会いに来てね。

僕はここで待ってるよ。

僕はここで待ってるよ。

僕はここで待ってるよ。いつまでも、ね。



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上野動物園にはモノレールがある
毎日毎日大勢のお客さんを乗せてモノレールは走る
東園と西園を何度も何度も往復してモノレールは走る
モノレールに乗ったお客さんはみんな楽しそうに笑っている

それはこれからもずっと変わらない

ただ一つ、お客さんが知らないことがある
そのことは飼育係さんも知らない内緒のこと


上野動物園のモノレールは動物達を乗せて走る日がある
一日と一日の間
動物達だけの特別な一日、動物達の素敵な旅の日だ


  



by bon_soir | 2014-11-30 05:05 | 上野動物園 | Comments(16)
悲しいおわかれ

11月25日 私の大好きな大好きなユキオが、北海道より北極よりもうんとうんと遠いところへ旅立っていきました。

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その前日11月24日、何も知らずに私はユキオのお庭にいました。土のお庭にはユキオはおらず、プールのお庭にデアちゃんがいました。

土のお庭からガラス越しに見るデア。彼女も同じようにユキオを探しているのでしょう。ここにいれば、ユキオが土のお庭にきたらすぐにわかります。

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連休でたくさんの人が訪れた上野動物園。ちょっとお疲れのユキオには少し賑やかすぎるかなって、そんな風にちょっとお休みしているのかもしれない……と

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ちょっとだけ胸はざわざわしながらも「またね」とお庭の下のお部屋で休んでいるユキオに足音であいさつして、帰ってきてしまった24日の夕暮れ。

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その数時間後に、ユキオは行ってしまいました。「またね」は、果たせない約束になっちゃったよ……今は。

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ユキオとは会えない時間が多すぎたと思います。会いたいのに、待ちぼうけばかり。1度目は新しいおうちのために。

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そして2度目は、日本のホッキョクグマたちの未来のために。

2度目のおわかれの時は、もうこの上野で会うことはないだろうって胸がいっぱいになるまでさよならを言いました。

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そして今度は、長い長い悲しいおわかれ。

あの日、私がまたねっていった声に、足元のお部屋でユキオは苦しみながらも「さよなら」って応えてくれてたとしたら……

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ごめんね、ユキオ。ユキオのさよならがきこえなかったよ。それがとっても悲しい。だって聞こえる場所にすぐそばにいたんだよ。

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この写真は、4年前。プールで泳ぐレイコさんを嬉しそうに眺めてたかわいいユキオ。

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そしてこちらが今年の10月のユキオ。私が最後にあったユキオ。

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ネットに流れていたユキオのお庭での最後の姿を見ました。

きっと体はもう思うようには動かなかったはずだし、姿も決して美しいものではなかったけれど、ぎりぎりまで生きようとする佇まいは畏ろしいほどにかっこよくて、この姿のユキオがもし目の前にあらわれたなら、よろこんで命を差し出したいと思いました。

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私が感じた以上に、ユキオは大きな大きなホッキョクグマになっていたんだね。

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かわいいユキオは、大好きだったレイコさんとのお別れのあと

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飛行機に乗って知らない場所への長い旅と北国の生活。ツヨシやデア、若い女の子との出会い……

そして上野でのたくさんのお客さんとの毎日を、動物園のどうぶつとして言葉にならないくらい頑張ってくれました。

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吹き抜ける風が運んでくる季節の匂い。お花の匂い、雨の匂い、乾いた葉っぱの匂い。そしてたくさんのお客さんの小さな声、大きな笑い声、怒りん坊の声。

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どんなことも大きな体に包み込んでくれました。お日さまがちょっとまぶしいお庭を歩きながら、どんなことを感じていたの。

お部屋の暗闇の中で、ユキオはどんな夢を見ていたの。ユキオの嬉しいことや悲しいことをほとんど知ることもなく、ユキオは旅立ってしまいました。

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だけどこれだけはわかります。ユキオの大好きな人、レイコさん、ユキオはレイコさんのことが大好きでした。

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それはどんな若い女の子と出会って、いくども笑顔を交わしたとしてもそれは変わらない。

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そのことはみんなが知っています。ユキオ、みんながあなたの旅立ちに同じ言葉をかけてるよ。私も今は「ありがとう」のほかにはこの言葉しか見当たりません。

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「ユキオ、レイコさんに会えたかな」
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もう離ればなれになることはありません。ユキオ、レイコさんと幸せに。
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ユキオ、本当にありがとう。そしていつかまた会えるときがくるまで。








by bon_soir | 2014-11-28 02:18 | 上野動物園 | Comments(2)
みんな泣きました
空を見上げる金沢動物園のコアラ、ワカ。
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遠く離れた場所の自分にはあまり関係のないような、でもなぜかさみしくて、でもなぜか悲しい、とっても悲しい、悲しいお知らせ。
ワカはそのお知らせをヒロキから聞きました。

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その悲しいことを話してくれたヒロキの顔をワカは思い出し、何も見えない空をじっと眺めていました。

「ヒロキさんは泣いていた」
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自分よりずっとずっと大人のヒロキが見せた涙、ワカはその涙のことを最初は不思議に思いました。

「大人が泣いている、大人なのに泣いているんだ」
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ワカはヒロキから聞いたその悲しいお知らせを、ヒロキの涙のことを、大好きなオセアニア区のみんなに話しに行きました。

話を聞いたワライカワセミが今日は笑わずに泣きました。今日はなぜか悲しく見える青い空にむかって泣きました。
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カンガルー達も泣きました。
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大勢のカンガルー達がみんな一緒に泣きました。

ヒロキの方を見ると、ヒロキはまだずっと泣いていました。
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バニラも泣きました。
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あのいつも楽しそうにしているバニラが、大きな声で泣きました。
バニラは妹のユイにそっと伝え、遠く離れたところで泣きました。
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ユイもそんなバニラを見て、急に悲しくなり、小さな声で泣きました。
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その話を横で聞いていたテルちゃんも泣きました。
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テルちゃんは何も声には出さず、静かに静かに泣きました。

みんな、みんなが泣きました。
雨上がりの空は青く澄み、秋の風が優しく吹き抜けていくのに、みんな泣きました。

みんな、みんなが泣きました。
涙をこぼして泣きました。みんなが涙をこぼして泣きました。

遠く離れたところに住んでいた、かわいいけど本当はおじいさんのウォンバットのために

みんなが泣きました。
みんな、みんなが泣きました。

いつの間にかワカも泣きました。
空を見上げてなきました。
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金沢動物園のオセアニア区のみんなが泣きました。

初めはヒロキが泣きました。
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そして、みんなが泣きました。

今年は悲しいことがたくさんありました。
みんなが泣きました。

ワカの知らない所でも、みんなが泣きました。日本中で泣きました。
パソコンの言葉の中で、
携帯電話の言葉の中で、大勢の人が泣きました。

道を歩きながら泣きました。
お花を手に持ち泣きました。
多摩動物公園の坂道を歩きながら泣きました。

みんな、みんなが泣きました。




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ヒロキは泣いているオセアニア区のみんなに言いました。

「悲しいけど泣いてばかりはいられない。動物園は今日もお客さんでいっぱいだ」
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ワカはそんなヒロキを見てそっとつぶやきました。
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「今度は私達がオセアニアへの入り口係なんだ。大切な大切な入り口のとっても大切な入り口係」


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「ねっ、そうでしょう?チューバッカさん」





   










by bon_soir | 2014-11-20 03:46 | 金沢動物園 | Comments(13)
どこにいるの チューバッカ
11月9日の朝、悲しい悲しいお知らせ が流れてきました。
大好きな大好きなチューバッカ。何度も元気な姿を見せてほしいと願っていたけれど、元気な姿に会えることなく空の向こうの遠い遠いどこかへと、旅立って行きました。
それは11月8日の夜8時ころのこと。関係者の方々に見守られながら旅立っていったチューバッカ。本当は寂しがりやだっチューバッカ、みんなに見送られての旅立ちは、きっと心穏やかなものだったように思います。
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突然のお知らせにどうしたらよいのかわからないまま、とにかく多摩動物公園に向かいました。
この日はとても変なお天気で、雨空がいきなりきれいな青空になり……おひさまが見えたのも一瞬、また曇ってきたり雨がおちてきたり。そんなお天気のせいもあり静かな静かな動物園でした。
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静かに流れる時間。チューバッカはひとけの少ない日にはどんなことを思っていたのでしょう。
この日のお庭の前で聞こえるのは、かさかさと落ち葉が着地する音、しゃっしゃと落ち葉を掃く音。お別れにきたお客さんたちの悲しみのため息。
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「どこにいるの?」お庭をのぞきながらウォンバットを探す小さなこどもの声。
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おいもを食べたり、干し草や青草を食べたり。そしておひるねをした大好きなあずまやもそのまま。
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すべてがそのまま。「申し訳ありません、チューバッカは席をちょっとだけ外しています」といえそうなくらい、本当にそのまま。チューバッカのためにそっと置かれた花たちとこのお知らせのサインだけが、いつもとは違うことを私に教えてくれているようでした。
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いつもいつも激しい土煙をあげてもらっていたお庭の土たち
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おいしいお水を飲んでもらっていた小川、それに架かる小さな橋は颯爽として歩くにはぴったりの場所
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誰よりも噛んでもらっていた金網フェンス
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なぜか歩かずには、いられなかったチューバッカの道
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身を削って毛繕いを手伝った金網のとびら
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何度もかわいいポーズをとってもらった取っ手のステージ
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どれもがチューバッカと毎日を一緒に過ごしたお庭の仲間たち。彼らもまた、一向に姿を見せないチューバッカを悲しく探しているようでした。



お庭の向こう側で暮らす小さなワラルーはずっとこのままお庭を見つめて
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大きなワラルーさんも何度も何度も(とてもボケすぎてます……)
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シマオの男の子はひっきりなしに覗き込みます。「ねぇ、どこにいるの? チューバッカさんは」
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「ほらあそこだ。いつも麻の袋さんと仲良しだったよ。だからあの下にいるんじゃないかって」
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「ね、いるよね。いるよね」
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シマオくんたちやオーストラリア園のみんなは、チューバッカの旅立ちを飼育員さんからまだ聞いてないのかもしれません。
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シマオくん、もうチューバッカはここにはいないよ。大きな石を体から出してもらったら何だか軽やかになって、新しい冒険へ出かけていっちゃったんだよ。
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どんなときでもチューバッカのお庭を守り続けているオレンジブイくんが、ほんの少しだけ悲しそうにゆれています。
ブイくんは知っているのかもしれません。チューバッカはもうここにはいないことを。
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ぱらっと降ってきた雨が涙のしずくのように、写真のチューバッカのところへ落ちていました。
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夕暮れの大好きな時間、一日最後の締めくくりの仕事のようにステージでかわいい顔を見せてくれていた時間を思います。
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いつもいつも開くのが待ち遠しかったとびらも、チューバッカのために開くことはもうないんだね。もうここにはいないんだね、チューバッカ。
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1歳半でオーストラリア タロンガ動物園からやってきたチューバッカ。どれだけたくさんのお客さんを笑顔にしてくれたのでしょう。
どれだけたくさんの人が、チューバッカの姿をカメラにおさめたのでしょう。
みんなが思っていた以上に、チューバッカはうんとうんとたくさんの人たちに愛されてたよ。チューバッカ本当にすごいよ。
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28年前、多摩動物園にオーストラリアからやってきた小さなウォンバットたちがかけてくれた小さな架け橋は、とてつもない大きな架け橋になりました。
クランプが旅立ってしまってからもチューバッカひとりで力強く守り続けてきた架け橋が、消えてなくなることのないように。
いつものんびりとしたオーストラリア園を忘れることのないように。
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チューバッカのがんばった長い長い時間は、私たちにとっての大切な宝もの。いつまでもいつまでも忘れないようにするね、チューバッカ。
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チューバッカ、本当にありがとう。またいつの日か会えるときまで。



by bon_soir | 2014-11-15 02:25 | 多摩動物公園 | Comments(12)
ヒロキに会うには
みんなが大好きなとっても大好きなヒロキ。
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寝ているヒロキもかわいいけれど、本当は誰もが聞きたいヒロキの足音。

朝一番でオセアニア区まで小走り。
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まだ誰もいないオセアニア区にヒロキはいます。
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この時、時計は9:35

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ヒロキは朝ごはん。
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わりと早口で食べるヒロキ。
今日も私はヒロキに会えた。
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ウォンバットの神様、いつもありがとう。
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メルボルン動物園からヒロキと一緒にやってきたウォンバットのキヨコさんは残念ながらずっと前に旅立ってしまいました。
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それはオセアニア区の青い空の向こう側への旅。

それは早すぎた出発。

悲しいこともたくさん経験してきたヒロキ。
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でも嬉しい事、楽しい事もここ金沢動物園にいっぱいあるってことをヒロキは知っています。

だからヒロキは近くにやってきてくれる。
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ヒロキのために熱心に金沢まで足を運んできてくれるお客さん達がいることをヒロキは知っている。
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そんな優しいヒロキと束の間のお話の時間。
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「おはようヒロキ」
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「今日も僕に会いに来てくれてありがとう」


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ヒロキはすぐに眠ってしまいます。
時計は9:45
長い長い大切な睡眠の時間です。
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ヒロキには楽しいたくさんの夢を見る時間が必要なんです。
私達は決してヒロキの夢を途中で終わりにさせてはいけません。


ヒロキを起こしてはいけません。

お腹にハートの可愛い子。
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ヒロキの夢の中に出てくるオーストラリアはどんな景色なんでしょうか。
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きっとそれは心地よい風が吹き抜けるボゴング山での景色、
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一生懸命後をついて歩きまわったお母さんの背中越しに見える、青い空が眩しい記憶の奥底の懐かしい景色。
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ヒロキって名前をもらった温かい手の優しい飼育係さんたちに抱かれている自分の姿。
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そんなオーストラリアの懐かしい景色。


たくさんの夢をヒロキに見せてあげなければいけません。
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そうすればきっと私達の夢の中にもヒロキはやってきます。

優しく微笑みながらヒロキはやってきます。
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ヒロキにたくさんの夢を見てもらう事。


それがヒロキに会うために大切なこと。



それが優しいヒロキ、優しい動物たちに会うために私達ができる大切なこと。





   

by bon_soir | 2014-11-09 01:39 | 金沢動物園 | Comments(12)
フジと夢の中での景色
ユキオさんと上野動物園に帰ってきてから、僕が見る夢はどこかが変わった。
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それがどうしてなのかはわからない。ユキオさんの話を聞いたからなのか、モノレールにもう一度乗ったからなのか……
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たくさんの涙を見たからなのか、それとも僕が大人になったからなのか。
今日見ている夢はお兄ちゃん、円山動物園で暮らすウメキチお兄ちゃんになっている夢だ。
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ウメキチお兄ちゃんになって見る景色はいつもより少し上の方から見る景色だ。
そうだ、お兄ちゃんは僕より少し背が高い。

円山動物園は真っ白な雪に覆われている。
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ウッチーさんとハッピィさんが眠っているのが見える。
お部屋の中は暖かい。お兄ちゃんになった僕は外に出て歩く。

遠くから僕と同じマレーグマが歩いてくるのが見える。
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それは僕とお母さんだ。
上野動物園のモノレールで円山動物園にお母さんと二人でお兄ちゃんに会いに行った、そうだあの日の光景だ。
お兄ちゃんから見た僕はやっぱり少し小さい。まだ少し子供のマレーグマだ。
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お母さんと目が合った。雨が目に入った時のようにお母さんの顔が少しぼやけた。
お兄ちゃんはあの時泣いていたんだ。嬉しくて、お母さんに会えたことが嬉しくて涙をこぼしていたんだ。

再会するっていうことはとっても嬉しいことなんだ。お兄ちゃんは離れ離れになっていたお母さんにずっと会いたいと考えていたに違いない、そして会えた。
それはきっと素晴らしいことだったんだ。
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僕もいつかきっと自分の目でこんな光景を、景色を見ることになるんだろう。
お母さんが上野動物園のモノレールで遠く離れた僕に会いに来てくれる、そんな素晴らしい日の光景が頭に浮かんでくる。

その時、お母さんの横には弟がいるのだろうか。
それとも妹がいるのだろうか。
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僕の大好きな運転手の猿は変わらず静かで、いつものように小さな声で話しをするのだろうか。


今日の夢は大好きなユキオさんになっている夢だ。
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ユキオさんになった僕は立ち上がってみる。
遠くまで、本当に遠くまで見渡せる。ユキオさんは背が高い。
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ユキオさんになった僕は上野動物園のモノレールに乗っている。
そうだ、横にはレイコさんが座っている。
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レイコさんはユキオさんよりずっと体が小さい。そして綺麗なホッキョクグマだ。

運転手の猿が楽しそうにしているのが見える。相変わらず無表情だけどきっとあれであの顔は笑っているんだ。
ユキオさんとレイコさん、そして二人と出かける旅が大好きなんだから。
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ユキオさんになった僕はレイコさんに他愛もない話をする。
レイコさんは微笑んで頷いてくれる。
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今日の行き先はどこなんだろう……二人で出かけるこの旅の今回の行き先はどこなんだろう。
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ユキオさんになった僕は窓から見える景色とレイコさんを交互に見ている。
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ユキオさんになった僕はレイコさんのあったかい手を繋いでいる。安心した僕は静かなモノレールの中でだんだんと眠くなってくる。

夢の中のはずなのにどんどん眠くなってきてゆっくりと目を閉じた。目を全部閉じてしまう前に見た窓の外にユキオさんとレイコさんの大好きな、大切な北極星が見えた気がした。
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ユキオさんになった僕が夢の中で眠り、そしてふと眠りから覚めるとそこは上野動物園だった。
土のお庭で座っている。
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ユキオさんになった僕はちゃんと感じることができる。
ユキオさんが言っていたとおりだ。レイコさんが近くで待っている。
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レイコさんが見守ってくれている。
そのことをちゃんと毎日ユキオさんは感じている。
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大好きなレイコさんの近くで暮らしたい、だからユキオさんは上野動物園に帰ってきた。
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ユキオさんのことが大好きな運転手の猿はそのことをちゃんとわかっていて、一日でも早くユキオさんがレイコさんの近くで暮らせるようにモノレールで迎えに行ったんだ。
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ユキオさんになった僕にはちゃんとわかる。ここでは、上野動物園ではレイコさんがユキオさんを待っている。
二人の本当の最後の旅に二人一緒に出かけるために、ユキオさんをどこかすぐ近くで見つめながら、やさしく見守りながら待っている。
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ユキオさんになった僕にはわかる。レイコさんの匂いがどこからか流れてくるんだ。
きっとすぐ近くにレイコさんがいる。

僕は夢で見た景色を忘れないように頑張って覚えていようとしている。
でも夢のことはなぜかすぐに忘れてしまう。

僕が自分の目で見てきたことはひとつも忘れないのに。


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僕は今日も夢を見ている。
今日の夢は僕のお父さんになった夢だ。
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お父さんになった僕が見渡す上野動物園。
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いつもと同じ景色のはずなのに、どこか何か違う。
なにが違うんだろう。

「何が違うんだろう」
僕は声に出して言ってみた。
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きっといつかここで、上野動物園で僕が大人になれば、お父さんくらい大人になればわかることなのかもしれない。
お父さんになった僕はそうして無理やり納得しようとする。
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夢は続いた。
お父さんになった僕が見つめているのは僕のお母さんだ。
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お父さんになった僕が見つめるお母さん。

気が付いた――大好きなお母さんがいつもと違って見えている。
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お母さんはかわいかった。

他のどのマレーグマより、世界中のどのマレーグマよりもずっと、ずっとだ――
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ずっとかわいいと感じたんだ。
それは今まで感じたことのない初めての気持ちだった。


そのことが特別な気持ちなんだと気がついた。

それがお父さんがいつも見ている上野動物園なんだ。
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そうなんだ、この先きっと今までと世界が変わって見える日がやってくる。もっともっと僕は大人になっていつか世界が変わって見えるんだ。
その時どう僕に見えるかはわからない。

でも僕は知っている。

それはとっても大切で、とっても素晴らしいことなんだ。

夢を見る準備を沢山して、たくさんの夢を見ながら僕は待つ。


僕の目で見ているこれまでの世界が変わる――その日を待つんだ。

僕はわくわくが止まらない。


僕の夢はまだまだ続くんだ。




by bon_soir | 2014-11-01 02:02 | 上野動物園 | Comments(6)