ズーラシアで暮らすホッキョクグマ、ジャンブイとツヨシ
ツヨシ、横浜での二回目の春
それは二人一緒に過ごす姿、初めての春
ぱっと輝く流れ星が交わるように、この刹那、どんなことより特別に
───膨らんだ蕾がそっと咲くように、どこか当たり前のように訪れた二人一緒の春
二人のホッキョクグマ、時には温かさを越え熱く、時には穏やかに広がる波紋のように静か
短い春に訪れる短い時間
ホッキョクグマの庭、恋する気持ちが二つ、何度でも何度でも交わればいいと駆け抜ける
そんな二人の輝く季節
それは大切な物語、まだまだ途中の春のこと
「名前? 私、ツヨシ。本当は男の子の名前なんだよね。少し恥ずかしい───」
「恥ずかしいことなんてあるもんか。とても素敵な名前だよ───優しくてかわいい名前だよ」
ツヨシの横浜での暮し、それはそんな話で始まった
一年と少し前、たくさんの花が咲きだしてきた春の始まりのことだ
ツヨシのこと、まだ名前しか知らない去年の春のこと
あれからどうだ、僕はツヨシのことをもっとたくさん知ることが出来たのか
全部知ってるなんてことは絶対ない
半分、半分の半分か
まだまだほんとちょっぴりなのか
───そうだ、僕は今ツヨシのこと、どれだけ知っているんだろう
追いかける
ツヨシは僕から離れていこうとする
ツヨシが僕を見つめている
なのに他のことに僕は夢中だ
すれ違う
届かない
見えない
感じない
きっとツヨシのことを僕がまだ何も知らないからだ
二人一緒の春は短い
短い春の中、もっともっと短い時間
そっと追いかけ、そっと待ち続け
すれ違う僕達の春はそっと過ぎていく
チロちゃん、バリーバさん───そしてツヨシ
みんな違う、誰もみんな違ってる
二人一緒に過ごすこと
それは簡単なことじゃない
微笑みながら僕を見ている
春の風、草の匂い
強い陽射しと青い空
僕はふと思う
いつだってそんな春が好きだった、待ち遠しかった
誰かと一緒の時間、それはとても幸せな時間なんだ
チロちゃんのことは悲しかったけれどね
あれは春の終わり、夏の始まりの日のこと、か
守りきれなかったあの日
今でも思い出すよ
そう、どうすることも出来ない時がある
なんとかなる時もある
明日のことはわからない、一時間先、一分先のことだって本当はわからない
確かなのは気持ちだけ
今出来るのはその気持で触れるだけ
ツヨシの身体に、ツヨシの気持ち、ツヨシの心にそっと触れること
ただそれだけだ
もしそれが出来たならもっと知ること出来るだろう
かわいいツヨシのこと、もっとたくさん知ること出来るだろう
僕は知らなくちゃ駄目だ
もっとたくさんのツヨシのこと、感じていないと駄目なんだ
今よりもっと、もっと大きな幸せのために、ね
───僕は今まで何度も何度も夢に見た
夢の時間は夢への時間
二人の気持ちはすれ違い、繰り返す
春の風、二人の気持ち、いつか交わりそっと触れ
夢へと続く夢になる
ジャンブイ、何度も見てきた青い夢───
忘れることない、あの青い空と青い水
大きな白い身体に青く澄んだあの気持ち
ジャンブイとツヨシ
二人の春、二人一緒の青い春
ツヨシのこと、もっと知りたいと思っていた
ずっとね
でもあの日、あの時僕達は手を伸ばし触れ合った
僕はツヨシのことをもっと知り、ツヨシは僕のことをきっと少しわかってくれたはずなんだ───
二人の気持ちは弾けながら交差して
きらきらきらきら波しぶき
ジャンブイ、ツヨシ
身体の距離と心の距離、短い春に縮まって
巡り合わせの二人の気持ち
きらきらきらきら波が立ち
きらきらきらきら水しぶき
ツヨシは本当にかわいいか
二人は近づき触れ合った
ジャンブイ、大人の恋
ホッキョクグマ、春の恋
青い夢を見る日々、もっと素敵な夢のため
短い春から長い夏、巡る季節
その刹那
春が終われば静かな夏がやって来る
夏より熱いホッキョクグマ達の春
そっと傍へやって来てそっと向こうへ離れてく
尊い尊い優しい気持ち
傍に誰かがいてくれる
ツヨシ
出会い、お互い知っていたのは名前だけ
二人は今思う───特別な気持ちで二人を知る
少しづつ少しづつ傍の気持ちにそっと触れ、大きな夢へと少しづつ少しづつ
二人のホッキョクグマ、触れ合いながら少しずつ
たどり着くかはわからない
だから二人は少しずつ、優しい気持ちで少しずつ
長く感じる夢だけど、見ている時間は実は一瞬
夢というのは一瞬のこと
一瞬の夢を積み重ね、少しずつ少しずつ積み重ね
描いた夢まで届くかはまだ誰も、誰もまだわからない
普段会えない顔に会えただけ
それだけで十分なこと
ジャンブイが、ツヨシが見た一瞬の青い夢
二人と一緒に見ただけ、感じただけ
ただそれだけで十分なこと───
かわいいツヨシ、横浜に来てくれてありがとう
僕は見た、確かに見たんだ
あの青い夢を、ね
ツヨシ、君の傍に僕はいる
だから心配いらないよ
チロちゃん、そしてバリーバさんが教えてくれたんだ
優しいことってどんなこと、ってことをね
ツヨシ、君が横浜にいる間、僕の傍にいてくれる間
僕は君を守るよ
今度こそどんなことからも守る
チロちゃんも応援してくれているんだ
ツヨシ、いつまでも傍にいて
夢を見ながら夢に近づいていこう
少しずつ少しずつ近づいていこう
もうこんなに暑いんだ
名前しか知らなかった君のこと
僕は今どれくらいわかったかな、話して感じて今どれくらい知ること出来たかな───
夏の太陽ギラギラしてきたら、僕ら二人ゆっくりしよう
暑い夏を二人そっと越えていこう
秋はすぐに過ぎていく、そうすればもう冬だよ
夜空に輝く星、北極星を眺めに行かないか?
この場所で、僕達二人が出会ったこと
こうして二人で春を過ごすこと───不思議な事だね
───なんだか不思議で嬉しくて、とっても素敵なこと
僕の傍に今───ツヨシ、君がいる
バリーバさん、今どうしていますか
僕は今ツヨシという女の子と一緒に春を、ホッキョクグマの春を過ごしています
あの時と同じように春の風が木を揺らし、緑の香りが庭を包む
大切な気持ちをバリーバさんと過ごした日、あの日と同じように今を感じています
お客さん達で賑やかな何日かの間───
過ぎればもう夏の陽射しです
身体に気をつけてゆっくりと過ごしましょう
春に比べて夏は長いからね
そう、すぐに夏が来る
僕はきっとあの青い夢を何度も見て、夏を越えていく
ツヨシと一緒にね