茶臼山動物園で暮らすウォンバット、モモコ
山の動物園の夏は進む
朝の陽射しで暑くなり、午後の風で少し涼しくなっていく
その繰り返しで一日一日、夏は進む
空高く涼しい秋へと夏は進む
動物達の時間はきっと人の時間よりものんびりゆっくり急がず進む
24時間、365日
それは何も変わらないけどのんびりゆっくり急がず進む
動物園では動物達に時間を合わせてのんびりゆっくり
のんびりゆっくり
声に音に耳を傾け、いつかみんなものんびりゆっくり
動物達の傍にいるときくらいはのんびりゆっくり
夏を進む
モモコの朝は人を待つ
いつもの優しい声を聞きたくて聞きたくて
ドアの前で人を待つ
「おはよう」
「おはよう」
言葉を交わす
モモコは人の声を聞く
人はモモコの声を聞く
人の声が聞こえるよ
ウォンバットの声が伝わるよ
優しい声は伝わるよ
優しい声が聞こえてくるよ
「人の口が動いてる。ぱくぱくぱくぱく、きっと何かを喋ってる」
「なんでだろう、私には何も聞こえてこない。きっとみんなは話していて、話しかけられているはずなのに、何も聞こえてこない」
「飼育係さんの声は聞こえる、優しい声、いつもの声」
「他の人の声は聞こえてこない。口がぱくぱく、口だけぱくぱくぱくぱく────聞こえてこない」
「私はウォンバット、ウォンバットの声で話す。伝わるのかな、伝わっているのかな」
「聞こえてこない声に耳を傾け考える。私はウォンバット、今ここにいるみんなは人────」
「夏の声の一つ、セミの声。何を言っているのかわからない。伝わらないこと、それは少し寂しいこと」
「近くにいる人、口がぱくぱく。口だけぱくぱく。少し寂しい聞こえない声、聞こえてこない声」
「飼育係さんの声はちゃんと優しく聞こえてくる、きっと私の声も伝わっていく。なのになんで────ぱくぱくぱくぱく」
「私の声、伝わるのかな。伝わっているのかな」
「みんなの声を探さなきゃ。私、声を探さなきゃ。夏の声を探さなきゃ────いけないね」
「さっきもらった食べ物、『トウモロコシ』って飼育係さんが言っていた」
「黄色いところはまだあるみたい。まだ食べるところはあるのかな」
「そういえば、今日の私はいつもと違う場所にいる。隣の庭、フェンスの向こうのお庭にいるよう」
「すぐ隣の場所だけど、なんだか少し違う雰囲気。そんな動物園」
「聞こえなかった声と何か関係あるのかな」
「私は夏の声探し。いつもと違う庭を歩いて、景色を眺めて声探し」
「秋が来る前、夏だけの───夏に聞こえて夏と一緒にそっと通り過ぎてく声探し」
「それは何の声。それは夏の虫の声、それは夏の鳥の声、それは夏の空の声に風の声」
「そして優しい人の声」
「ここにあるかな、向こうかな」
「口がぱくぱくぱくぱく、それだけだったら寂しいよ」
「私に声を聞かせてよ、夏の声を聞かせてよ」
「優しい声で優しく私に話してよ」
「優しいあなたの声を聞かせてよ────傍にいるから、傍へ行くから、私にあなたの優しい声を聞かせてよ」
「私の声も伝わるよ、あなたにきっと伝わるよ」
優しいモモコはこの日もみんなのすぐ傍へ────
みんなの優しい声を聞きに来る
みんなに優しい声を届けに傍へ傍へとやって来る
ウォンバットの声が聞こえてきた時、ウォンバットに声が伝わった時
優しいモモコに優しい気持ちで
モモコの手、優しい手
そんなモモコに触れる時は優しい気持ちで優しい手で
そっと、そっと
優しく優しく温かく
頑張るモモコをそっと優しく温かく
夢見るモモコを邪魔しないように
モモコの夢を途中で終わらせてしまわないように
優しい気持ちの優しい声はモモコに届く
夢の中へもそっと届く
モモコの声が聞こえたら、モモコに気持ちが届いてる
モモコに声が届いた時は、モモコの気持ちを貰ってる
それはモモコの心の中に、それはみんなの心の中に
口だけぱくぱく
伝わらないでぱくぱくぱくぱく
そればっかりじゃ少し寂しい
声を感じて声を伝えて
みんな夏の声探し
お互いぱくぱく
寂しい気持ちにならないように優しさ持って、温かい気持ちを伝えて過ごす夏のこと
「今は聞こえる、声が聞こえる」
「私はウォンバット、みんなは人。それでも聞こえる、ちゃんと聞こえる」
「優しい気持ちの優しい声はちゃんと聞こえて、それならきっとそこへ伝わる、広がっていく」
「飼育係さんが私を連れ出してくれる場所、そこには優しい気持ちがあふれてる」
「夏の声探しは、いつもと同じ温かい気持ち探し。ウォンバットはのんびりゆっくりだけど止まらない」
「進む季節に、優しい飼育係さんに導かれて止まらない」
「私の夏の声探し、夢の中までずっと続く大切な声探し────」