ハヤトとオセアニア区の大きなユーカリの木
金沢動物園で暮らしていたコアラ、ハヤト
a0164204_06400713.jpg
まだまだこれから、もっともっと大きくなってもっともっと色々なものを見て色々なことを経験するはずだった
そんな男の子
a0164204_06431226.jpg
いつの間にか遠く、高く旅立ってしまった
そんなかわいい男の子
a0164204_06443969.jpg
a0164204_06445843.jpg
a0164204_06473473.jpg
───曇り空が多くなってきた夏の終わり、僕はユーカリをあまり食べることができなくなってしまっていいた
a0164204_06525564.jpg
バニラさんとユイさん、そしてお母さんとは違う所で暮らすようになった僕
飼育係さんや大勢の人が話しかけてくる
みんな優しい
a0164204_06525623.jpg
夜になって辺りが静かになる
そんなとき聞こえてくるのはお父さんの声だ
a0164204_06573618.jpg
“お母さんはどうだ、みんなはどうだ、ハヤトは大きくなったな”って、小さいけどよく聞こえる声で僕に話しかけてくる
今まであまり話したことはなかったけど、声を聞くだけでわかる
お父さんは優しくて、あったかい
a0164204_06573666.jpg
a0164204_07035702.jpg
うとうとしていた僕の耳にお父さんの声がそっと近づく
「ハヤト、また元気になったら大きなユーカリの木に登りに行こう。そうだな、晴れた日の朝がいいかもしれないな───」
a0164204_07113318.jpg
a0164204_07140277.jpg
「それは楽しそうだね」
ちゃんと返事をしたつもりだったけど、ちゃんと声になっていたかはわからない
───その時僕は眠くてしかたなかったんだ
a0164204_07164773.jpg
眠くて眠くて、どうしようもなかったんだ



───どのくらい時間が経ったんだろう
ふと目を醒ますと雲の隙間から見えていた星の数は減り、いつものように空が少し明るくなりだしていた
a0164204_07180892.jpg
「お父さん、起きてる?」
僕は傍にいるであろうお父さんにそっと話しかけた
a0164204_07214793.jpg
お返事はない───
静かなお部屋の中にはお父さんの寝息が同じリズムで聞こえてきているだけだった
a0164204_07214796.jpg
気持ちよさそうにお父さんは眠っているようだ
きっと夢を見ているんだろう、聞き取れないけど何か寝言を言っている
「起こさないでおこう───」
そう呟いた時、僕はドアが開いていることに気がついた
a0164204_07270170.jpg
今僕が座っているところからドアの向こうへ、そしてその先へと光がぼんやりと続いていっている
僕の身体もその光にそっと包まれている
ここのところユーカリをちゃんと食べてなく力の入らなかった身体が少し軽い
「お母さん」
僕は一言呟き、開いているドアを自然とくぐり抜けていた
a0164204_07270162.jpg
───ぼんやりと続いている光に導かれ歩いて行くと、お母さん達が眠っているのが見える場所へと着いた
a0164204_07330584.jpg
お母さん、バニラさんとユイさんもユーカリの葉っぱに埋もれ眠っているのが見える
みんな少し微笑みながら夢を見ているようだ
a0164204_07400520.jpg
a0164204_07400702.jpg
a0164204_07412267.jpg
「もうすぐ朝だよ、お母さん」
時々手がむにゃむにゃ動くお母さんにささやいてみた
頷くように“こくりこくり”と顔が動く
でも優しく微笑んでいるお母さんの目は閉じたまま、まだ眠ったままだった

───お母さんを眺めていたその時、今までのことが少しずつ頭のなかを巡り始めた
a0164204_07463689.jpg
お母さんのポッケの中から初めて見た風景、触れた外の空気
───懐かしい思い出だ
a0164204_07494816.jpg
a0164204_07494858.jpg
僕の体重を量ってくれたお姉さん
「大きくなったね」って優しく微笑んで褒めてくれたお姉さん
───懐かしい思い出だ
a0164204_07521441.jpg
a0164204_07521491.jpg
a0164204_07521486.jpg
一緒にお散歩をしたお母さんの背中、しがみつくのが楽しかったあったかくて柔らかかったお母さんの背中
───懐かしい思い出だ
a0164204_07532894.jpg
a0164204_07532883.jpg
a0164204_07553819.jpg
抱っこしてもらって過ごした時間、お母さんの胸の中で過ごしたあの大切な時間
───懐かしい思い出だ
a0164204_07581498.jpg
a0164204_07581375.jpg
a0164204_07581483.jpg
───僕はお母さんのことが大好きだ
a0164204_08001056.jpg
───そうだ、僕は少し甘えん坊なコアラだ
a0164204_08001097.jpg
いつまでもお母さんと一緒にいたかった
お母さんの傍にいたいと思っていた
a0164204_08031809.jpg
a0164204_08031861.jpg
a0164204_08031805.jpg
ガラス窓に自分が映る
おなかは少しぽんぽこしてるけど、身体の大きさはお母さんと変わらない
もしかするとバニラさんよりも大きいかもしれない
a0164204_08110002.jpg
───僕は大きくなっていた、もう赤ちゃんじゃない、もう子供のコアラではいられない
「そろそろお父さんのような大人のコアラになっていかないと駄目なんだね、お母さん」
a0164204_08125270.jpg
a0164204_08125236.jpg
───部屋の中へ風が吹き込んできた
ふと見ると明るくなり始めた空の光が薄くドアをくぐり抜け部屋の中へ伸びている
外へのドアは空いている
全部開いているわけじゃないけど、コアラがすり抜けるだけの隙間はある

ぼんやりと続く光がその隙間を抜け外まで伸び出している
a0164204_08200710.jpg
「オセアニア区の大きなユーカリの木だ───」
ドアの隙間の向こう側に僕を見下ろす大きなユーカリの木が見えた

a0164204_08200757.jpg
「お父さん、一緒に登るのはまた今度にしよう。僕は少し登ってみるよ、大きなユーカリの木に登る練習をしてくるよ」
僕はそうつぶやきながらお父さんの顔とやさしい声を思い出した
───今度一緒に登った時、きっとお父さんは褒めてくれるだろう、『ハヤト、凄いじゃないか!』ってきっと褒めてくれるだろう
a0164204_08274307.jpg
ドアの隙間の前に立ち、僕はもう一度オセアニア区の大きなユーカリの木を見上げた
白く輝くその幹はやっぱり大きく、力強く伸びている
僕を見下ろすその大きな木はびっくりするほど背が高く、てっぺんは少し霞んで見える
a0164204_08363913.jpg
a0164204_08274335.jpg
「大丈夫、僕は木登りを練習してきたんだ。何も怖いことなんかないよ」
a0164204_08422891.jpg
「大丈夫、僕は男のコアラだ」
a0164204_08454530.jpg
───僕は開いたドアの隙間から一歩外へ出た
部屋の方へと振り返り、お母さん、そしてバニラさんとユイさんのことを頭の中へと描く
もちろん飼育係のお姉さんたちの笑顔も一緒だ

「今までありがとう、みんなありがとう」
何故だろう?───そんな言葉が自然とこぼれた
a0164204_08501691.jpg
a0164204_08520194.jpg
初めて登るオセアニア区の大きなユーカリの木
それは僕に優しく話しかけてくるようだった
a0164204_08520185.jpg
木の言葉は何を言っているのか良くわからない
でも温かい
比べたらとても小さな僕を大きく包み込んでくれるようだ
a0164204_08520164.jpg
───ただ上を見て僕は登る、オセアニア区の大きなユーカリの木を小さなコアラが登っていく
時間がどれくらい経ったかなんてわからない、僕は何も気にしていない
a0164204_08574681.jpg
a0164204_08574775.jpg
───少し登るたびに今までのことをまた思い出す
楽しかった日々、優しかったみんなのこと、楽しく笑っていたお客さん達のことを思い出す
a0164204_08574722.jpg
a0164204_09012647.jpg
a0164204_09012641.jpg
「楽しかったな」
少し大きな声でそう言った僕の顔はきっと今笑っているんだろう
映る所はない、誰かが見ているわけじゃない
でもきっと、今僕はきっと笑顔で登っているんだろう
a0164204_09012624.jpg
周りじゅうのオセアニア区の大きなユーカリの木に見守られ、励まされ、僕は今きっと笑っているんだろう

ハヤトは一歩一歩しっかりと登り続けていきました
一緒に登ろうと言ったお父さん、ユウキ
a0164204_09131225.jpg
大好きなお母さん、ワカ
a0164204_09141610.jpg
優しいお姉さん、バニラ
a0164204_09141751.jpg
そして今はお母さんになったユイ
a0164204_10285684.jpg
みんなの顔を思い浮かべ、一生懸命に登っていきました
a0164204_09171329.jpg
a0164204_09182236.jpg
ハヤトはいつの間にかオセアニア区の大きなユーカリの木のてっぺんにたどり着いていました
気持ちよく吹き抜ける風が枝を揺らし、ハヤトも気持ちよく揺られました
a0164204_09210916.jpg
見渡せば広がる金沢動物園
今まで暮らしてきたオセアニア区が今度はハヤトを見上げています
a0164204_09230864.jpg
a0164204_09230714.jpg
「ははっ、僕は登り切ったんだ。お父さん、僕は今大きなユーカリの木のてっぺんにいるよ。最高の気分だ───」
a0164204_09251010.jpg
a0164204_09251064.jpg
───僕は風に揺られて一休み、コアラらしく一休み
ユーカリの木の上にコアラがいるよ、こんなに高いところにコアラがいるよ
みんな見てごらん
可愛いコアラが高い所で揺られているよ───


少しして、ハヤトの耳に空の上から近づいてくる鳥の羽音が聞こえてきました
たくさんの鳥、ワライカワセミ達が空の上からハヤトの傍へ降りてきて、なにも言わずパタパタと羽ばたき微笑んでいます
a0164204_09330044.jpg
「やあ、どうしたんだい?」
ハヤトがワライカワセミに話しかけたその瞬間のこと
大きなユーカリの木は雲を抜け、空のずっと上の方へと伸び出していきました
a0164204_09340536.jpg
ハヤトはもう一度見上げました
そして涙を一粒ぽろりとこぼし、微笑みながら何度か頷きました


「そうか、わかったよ。僕はもっと高く登っていかなければいけないんだね」
a0164204_09340458.jpg
「大丈夫、怖くない。何も怖くないよ」
a0164204_09410094.jpg
「出てくる時、みんな眠っていてよかったのかもしれないね」



青い羽根の鳥達が旅立つハヤトの周りを飛んでいます
たくさんの鳥に励まされ、小さなコアラがユーカリの木を登っていきます
a0164204_09430119.jpg
a0164204_09430136.jpg
a0164204_09430138.jpg
色々なことを頭の中に浮かべて登るコアラの旅
悲しいけれど、寂しいけれど、これがハヤトの最後の旅
a0164204_09472621.jpg
a0164204_09472612.jpg
a0164204_09482099.jpg
「お父さん、ごめんね。大きなユーカリの木には一緒に登ることが出来なかった」
a0164204_09494034.jpg
a0164204_10143813.jpg
「大好きなお母さん、ごめんね。もうお部屋に戻るわけにはいかないみたいだ」
a0164204_09511827.jpg
「楽しかったね、僕は毎日楽しくって幸せだったよ」
a0164204_09511838.jpg
a0164204_09541513.jpg
「僕はお空の上でみんな眺めて待っているよ、また会える日をずっと待っているよ」
a0164204_09541406.jpg
「上から眺めているのはきっと楽しいよ、退屈なんかきっとしないよ」
a0164204_09565591.jpg
「お母さんはずっと元気で暮らしてね、ずっとずっと長生きしてね」
a0164204_09541581.jpg
a0164204_09582688.jpg
「僕は見たいんだ、かわいいおじいさんになったお父さん、かわいいおばあさんになったお母さん。長生きして幸せそうに笑っているコアラをずっと眺めていたいんだ」
a0164204_09582623.jpg
「動物園は素敵だね。優しくてあったかい、そんな場所なんだね」
a0164204_10030212.jpg
「短い時間だったかもしれない。でも僕は色々なものを貰ったよ」
a0164204_10062042.jpg
「ありがとう、みんなありがとう」
a0164204_10101709.jpg
a0164204_10120341.jpg
「これからもコアラ達に会いに来てね。そっと静かに覗きにきてね」
a0164204_10120374.jpg
「僕はハヤト、金沢動物園で暮らしたコアラのハヤト」
a0164204_10101891.jpg
「みんな、本当にありがとう」
a0164204_10143840.jpg



    

by bon_soir | 2016-09-15 10:32 | 金沢動物園 | Comments(11)
Commented by Sen at 2016-09-15 19:04 x
こんばんは。
ワカちゃんの胸で眠るハヤトくん
小さな手でユーカリを掴んで一生懸命食べていたハヤトくん
ぬいぐるみと一緒に体重測定のハヤトくん
どれもつい昨日のことのように思い出されます。
ハヤトくんがいたところを見ていたワカちゃんの視線が切なかったです。
ハヤトくんに会えた時間は短かったですが楽しかったですね。
いつかまたワカちゃんに赤ちゃんができたとしたら、お兄ちゃんになったよ!とハヤトくんに報告できたらステキなことでしょうね。
Commented at 2016-09-15 19:42 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by bon_soir at 2016-09-17 08:11
Senさん、コメントありがとうございます。
ポッケから出るようになってまだ一年経ってないので、色々なことをはっきりと覚えていますね
それが写真を見る度に思い出され、とても辛いです
ユイに赤ちゃんができたと聞いた時、真っ先にハヤトのことを思いました
ハヤトもお兄ちゃんだよ、って思いました
本当に悲しいです
Commented by bon_soir at 2016-09-17 08:21
鍵コメ様、コメントありがとうございます。
何かのご縁ですね。今までも大勢の方と動物園でお知り合いになれました。
そういう意味でも動物園はとても素晴らしい所だと思います。
次は何か明るいお知らせのときにお話したいですね。
きっとそのうち、笑顔になれる日が来ますね。
Commented by パイン at 2016-09-19 21:39 x
しむらさん、こんばんは

あれから、ハヤト君の幼いころからの写真をみてました。
やっぱり、かわいいです。
コアラのことが大好きになったきっかけがハヤト君
だったんです。。。
しむらさんの書かれていた、ハヤトくんのお話が、ものすごくものすごく大好きだったんです。
かわいい成長の写真も楽しみで、、会いに行くことを楽しみに。
でももう、もう会えないのと、、、
もうお話が、、、と思うとかなしくて。。
ハヤトくんには、心からのありがとうでいっぱいです。
愛情をたくさんありがとう。
素敵な親子のすがたをみせてくれてありがとう。
しむらさん、ハヤトくんのかわいいお話を書いてくださって
ありがとうございました。

ブッチの写真をみて、また励まされました。
あたたかな言葉や写真でどんなにはげまされたことでしょう。これが動物さんの力なんですよね。

それと、土佐っ子さんがの呼びかけも、優しいはげまし
として届きました。 ありがとうございました。 


Commented by bon_soir at 2016-09-20 11:12
パインさん、コメントありがとうございます。
興味を持つ、好きになるきっかけになる子といのは本当にかけがえのない子ですね。
その子から世界が広がっていく、世界への入り口になるわけですからね。
どこか通いやすいコアラに会いにいって、色々な子のことをもっともっと好きになってくれたら、それがハヤトを始め動物達の喜びになると思います。
私のハヤトのお話はもう増えてはいかないかもしれません。少ししか写真も残せませんでしたが、それでも伝えることが出来ていたのなら嬉しく思います。
コアラの親子はやっぱり可愛いんですよね。
良く見ていれば表情や仕草にも伝えてくれる感情がこめられていると思えるようになりました。
心持ちがわかるとより可愛らしくなってきますね。

ブッチもなんだか精一杯頑張って愛情をくれています。
動物達はみんな優しいですね。

Commented at 2016-09-20 23:38 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by bon_soir at 2016-09-21 01:58
鍵コメ様、コメントありがとうございます。
ブログ内のコメント欄に関しましては色々な方同士での情報交換という形はあまりとりたくありません。
どの方にもそれぞれご都合もありますし、今後ブログの記事以外の情報で溢れていくのもあまり嬉しいとは思いません。
記事に関して私にコメントくださっている方も、気軽にコメントできにくい雰囲気にもなってしまうと思います。
記事に関して私へいただけるコメントに関しては出来る限りお返事もさせて頂きますが、他の方とのお話はご遠慮して頂きたく思います。
またここへ画像を送ることは出来ません。ブログの仕様ですし、あってもあまり好ましくありません。
ご了承頂けたらと思います。
そのことに関し、大変失礼とは思いますが次のコメントは削除させて頂きます
よろしくお願いいたします。

どんな動物園でもマナーのない方もいらっしゃいます。もっと動物達に優しい気持ちで興味を持って頂けたらとは思いますが、動物達のことをただ好きで何度も通う人と、たまのレジャーで訪問する方達とでは埋まらない温度差、知識の量や種類の違いが必ずあります。
私も写真を撮りこうして動物を紹介していますが、ただのお客さんでしかありません。
最後は動物達のことを知ってもらうために、忙しくされている動物園のスタッフ様に頼るしか無いのと、人間の常識にお願いするしか無いのが現状ですね。
あまりに緊急性がある場合にはお声掛けさせてもらってはいますけどね。
人はもっと色々なことを感じられるはずだと思っています。
Commented at 2016-09-21 10:18 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2016-09-21 11:01 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by bon_soir at 2016-09-23 08:30
鍵コメ様、コメントありがとうございます。
今は色々な方との交流?などは皆様SNSなどが多いですね。
私はブログが好きで続けていますけどね。
本当に時代というものはその時その時で形を変えていきますね。
実際、誰でも色々なことが出来るようになっている気がします。
<< こんなブッチ ハヤトのお知らせ >>