金沢動物園で暮らすウォンバット、ヒロキ
とあるヒロキの夏の一日
朝のヒロキ、そして最後、お見送りまでのヒロキ
この日は金曜日だけど『よこはま夜の動物園』のたのしい日
朝早くのオセアニア区
見上げた空は少し曇り、不思議と静か
ヒロキはお部屋ですやすや
奥の部屋に見える木の棒
夜の間に齧ったのか、それとも鼻で転がしたりして遊んだのか
それは誰にもわかりません
前の日は朝から外へ出て少し穴を掘ったらしい
そんなヒロキはこの日いつも以上にぐっすりと眠り続けます
お昼頃、オセアニア区がまた夏の太陽に照らされても
眠ります
いつものようにワライカワセミの大きな声が聞こえてきても、
まだまだ眠り続けます
開いているドアから差し込む光は今までよりもどこか優しく、ヒロキを外へ静かに誘います
でもヒロキは起きません
今日の夢はどんな夢?
それは、みるみるうちに大きなっていく、遥か遠くに見えた夏の雲の夢
オセアニア区でも咲き出したサルスベリの花と一緒に風に揺れる、そんな夢
子供の頃の楽しい日々を思い出したヒロキは、セピア色から少し色がついたような、そんな夢を見ていました
「キヨコ、スーティー、影から出たら負けって遊びをしないかい?」
「夏の間のつまんない遊びだよ。つまんない遊びだからこそ、きっと大きな声で笑えるんだ」
「あぁ、駄目だ。また僕の負けだ」
「キヨコもスーティーも、なんだか強いね。二人は影から少しも踏み外さない」
「何度やっても僕の負けだ。でもいいんだ。今、僕達は笑ってる。誰よりも、きっと日本中、オーストラリア中の誰よりも僕達は笑っている」
「笑いながら、ゆっくりと。僕達はきっと大人になっていく」
「もうこれが夢なのかそうじゃないのかなんてわからない。でもそれでいいんだ。楽しいことに変わりはない」
「もし夢だったらまたすぐに続きを見よう、何度でも見よう。そうだ、僕はウォンバット。長く長く眠るんだ」
オセアニア区の大きなユーカリの影が長く伸びていき、そして太陽は西の彼方にいつの間にか姿を消していきました
ヒロキは朝から一度も起きることなく眠り続けていました
何故か少しづつ眠っている場所が変わっていくだけ
そしてただ時間だけが進んでいきました
飼育係のお姉さんがヒロキの様子を見に来てくれました
そしてヒロキのほっぺの所へエノコログサが置かれました
それでもヒロキは起きません
突然降った夜の夕立がオセアニア区を濡らします
時間は更に進み、ヒロキの寝ている場所も前へと進みます
起きそうで起きない今日のヒロキ
閉園2分前
ヒロキは今日は起きない
誰もが思ったその時、ヒロキの目は覚めました
なんだかやっぱり凄い、そんなヒロキ
そっと静かに待ち続けたお客さんへ送る、ヒロキからのプレゼント
こんばんは、ヒロキ
こんばんは、ヒロキさん
最後の最後に、こんばんは
こんばんは、ヒロキさん
「やぁ、もう閉園の音楽が聞こえてる」
「楽しい夢を見ていたんだ。起きるのがすっかり遅くなった」
「いつも会いに来てくれている人、こんばんは」
「遠くから会いに来てくれた人、こんばんは」
「みんな、こんばんは。みんな、みんな、こんばんは」
「今日は見に来てくれて、どうもありがとう」
「みんなに少ししか会えていないけど、時間だ。ごめんなさい、今日はさようなら」
「また会いに来てね。またオセアニア区まで、動物達みんなに会いに来てね」
「今日はさようなら。大丈夫、僕は元気だよ」
ヒロキのお見送り
みんな帰れなくなっちゃう、そんなヒロキのお見送り
かわいい、かわいい
お見送り