金沢動物園で暮らすウォンバット、ヒロキ
ヒロキはウォンバット
世界でただ一人
ヒロキという名前のウォンバット
おでこにしわ模様があるかわいいウォンバット
「今日は曇の日だね。雨は降らなさそうだ」
「冬の間のクセでまたトンネルに来てしまった」
「やぁおはよう。まだ早いのに今日もお客さんでいっぱいだ」
「僕は考えるよ。みんなはウォンバットに会いに来てくれたのか、それとも僕に会いに来てくれたのか」
「そして続けて考えるよ。僕は何をしたらいいのか、ね」
「今僕のことを見てくれているお客さん、みんなに金沢動物園のこと、日本中の世界中の動物園のことを好きになってもらいたい」
「動物園で暮らす動物達、世界中で暮らす動物達全員のことを好きになってもらいたい。僕はその手伝いがしたい」
「僕は木に登れない。空を飛ぶことも出来ない、綺麗な声でさえずることも出来ないんだ」
「眠ってばかりとも言われてしまうこともある」
「でもそれがウォンバットだ。ずっとそうやって暮らしてきた」
「だから僕は出来る限りのことをするよ。僕らしく、ウォンバットらしいことを精一杯、一生懸命にするよ」
「それが穴掘りだ」
「こうして右左、前後ろと穴を掘る」
「楽しんで貰えてるかい?」
「僕はウォンバット、ウォンバットのヒロキ」
「こうして穴を掘るのもウォンバット、長い時間眠っているのもウォンバットなんだ」
「今日は少し特別、朝から頑張って穴を掘るよ。今日会いに来てくれたお客さん、少しラッキーかもね」
「僕は今29歳。ウォンバットの29歳って大変なことなんだよ」
「こうしていつも動けるわけじゃない。ごめんね」
「朝から眠っていることもある、こうして穴を掘っていたりご飯を食べていたりすることもある」
「僕らしくって、そういうことなんだ」
「僕らしく、ウォンバットらしく」
「そう、あまり特別なことは出来ない。それでも何度も会いに来てくれる人がいる」
「嬉しいね」
「少し眠いけど、今日はなんだか気分がいい」
「だから“おまじない”をするよ」
「曇ったままじゃつまらない、空が晴れていくための“おまじない”だ」
ヒロキは長いお昼寝を始めました
朝からヒロキらしく頑張ったヒロキはヒロキらしく眠ってしまいました
眠っていてもかわいいヒロキ
大切なヒロキの時間を邪魔してはいけません。ヒロキが見ている夢を途中で終わりにさせては絶対にいけません
「今日は金沢動物園の夢なのか、それともこれは夢じゃないのか」
「ユイが飼育係のお姉さんと一緒に出てきた」
「そうだ、ユイ。笑うんだ」
「ユイらしく、コアラらしく笑うんだ」
「ユイが笑えば飼育係のお姉さんが笑う。そしてお客さんみんなが笑うんだ」
「ユイらしく、コアラらしく。それが一番素敵なことだ」
「楽しいね!」
「カンガルー達、オセアニア区は楽しいね!」
「僕達がいつの間にか夢を見る準備をしているように、春は夏の準備をしていく」
「ブラシの木には蕾がつき、僕のお庭の前のデイゴの芽が伸びていく」
「キウイの蔓から葉っぱも出てきた」
「そうだ、夏が来る準備はいつの間にか進んでいる。黄色いジャスミンの所に来た蝶もきっと準備をしているんだ」
ワライカワセミが笑う大きな声が聞こえてきました
もう4時です。動物園の一日はすぐに過ぎていきます
「今日も楽しい夢だった」
「良かった、空がすっかり晴れている。陽が伸びたね。本当に夏が近いんだ」
「みんなの近く、みんなの家のお庭、そしてみんなの家のベランダの植木鉢の所に飛んで行くたんぽぽの綿毛」
「あれからまたたくさん増えた。みんな強い風を待っている」
「僕はたんぽぽが大好きだ。たんぽぽがたくさん咲く春が大好きだ」
「綿毛はどこか遠く飛んで行く。みんなの所へ飛んで行く。風に吹かれて飛んで行く」
「また夏がやって来る」
「でもちゃんと探せば春とたんぽぽはどこかで頑張っている」
「ほら、ここでも、あそこでも」
「みんなを笑顔にするために、最後まで、最後まで力を振り絞って頑張っている」
「素晴らしいことだ」
「今日は僕も頑張るよ」
「会いに来てくれたみんな、僕が起きるのを辛抱強く待っててくれたみんなのために、僕は精一杯頑張るよ」
「今日も最後まで、僕らしく、ウォンバットらしく力を振り絞って頑張るよ」
「ウォンバットは木に登れない。でも穴を掘ることが出来る」
「僕は僕らしく頑張るよ」
「僕がグズグズしていたらお姉さんは行ってしまった」
「何度も言うよ。綿毛、風に吹かれてみんなの所へ飛んでいけ」
「今日もドアが開いた。後はドアをくぐるだけだ」
「でも何故だろう。僕はお部屋に戻ることが出来ない」
「それはお客さんがなかなか動物園から帰れないのと一緒のことなのか」
「坂道の散歩を少しだけしよう」
「青かった空の色が少し薄くなる」
「また今日も夜がくる」
「あなたも家に帰らなくちゃいけない時間が来るんだ」
「風の音が聞こえてくるね」
「そろそろさようなら」
「また僕は待ってるよ」
「金沢動物園のオセアニア区、ここで僕は待ってるよ」
眠っていて動かなくても、かわいい顔が見えづらくても、歩いていても土を掘っていても
どんな時でもヒロキはヒロキ
ヒロキらしく、ウォンバットらしく
金沢動物園のオセアニア区でヒロキは静かに待っています
眠っているときには眠っているヒロキを、歩いているときは歩いているヒロキを
土をほっているときには土をほっているヒロキを
優しく見守ってあげてください